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Japan Contemporary Dance Network

NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク

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「踊りに行くぜ!!」これまでの成果と「サード」に向けたアンケート

レポート

2017.11.01

「踊りに行くぜ!!」Ⅰ(ファースト)、Ⅱ(セカンド)の成果と未来について、「踊りに行くぜ!!」に参加してくださったアーティストやオーガナイザー、ご支援くださったスポンサーやサポーター、そしてダンス批評の方々へ下記のようにお願いしました。ご回答いただいた方のアンケートを掲載します。

アンケート依頼文
コンテンポラリーダンスという言葉さえ浸透していなかった2000年に〈コンテンポラリーダンスの普及〉を目的とした「踊りに行くぜ!!」は始まりました。初年度は、4都市、9組の出演者が参加。2009年までの10年間で巡回した地域は29都道府県・43都市、出演者は258組にのぼり、日本全国へコンテンポラリーダンスの普及と言う目的に対し一定の成果を得られたと思います。

2005年頃をピークに、国内外で活躍する振付家やカンパニーが台頭してきましたが、歴史の浅い日本のコンテンポラリーダンス界には、次世代の才能が育っていく土壌が十分だとは言いがたい状況があり、2010年からは〈ダンス作品をつくるプロジェクト〉「踊りに行くぜ!!」Ⅱ(セカンド)として再スタートしました。「踊2」は、作品制作のサポートと全国巡回公演をセットに7年間継続し、ようやく作品制作を丹念にサポートすることが全国的に広がりを見せ始めましたが、残念ながら本年度の文化庁からの助成が不採択となったため、2016年度にてセカンドを終了することになりました。

2000年から開始した「踊りに行くぜ!!」では、日本のコンテンポラリーダンスにとってそのときに必要であるけれど、足りていない部分をサポートし、ダンスの環境整備を創り出すかたちで17年間継続して行ってきたと自負しております。 今回の文化庁の不採択の理由として、「成果が見えにくい」ということが挙げられ、この「踊りに行くぜ!!」は、何が成果だったのだろうか、と改めて考える機会となりました。

この機に、参加していただいた皆さまからの声をお聞きし、本プロジェクトが取組んできた成果と未来に向けての提言を本事業のひとつの総括としてかたちにしたいと思いました。

また、現在コンテンポラリーダンスの公演数は減り、ダンサーや振付家がどこを目指せばよいのかが見えづらくなっているのではないかという、ダンスの低迷を危惧する声が聞こえるようになってきました。この状況にどのようなサポートが必要なのか、次のステップに必要なこと、求められていることを見出すために、「踊りに行くぜ!!」に関わってくださった様々の立場の皆様の声を是非お伺いし、参考にさせていただきたいと思います。 ご協力よろしくお願い致します。

2017年8月
NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク

 

お願いしたアンケートの質問
4つのカテゴリー ①アーティスト、②オーガナイザー、③スポンサー・サポーター、④批評家 別に、 下記の質問を用意した。

【Q1】
①アーティスト
「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
②オーガナイザー
「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
③スポンサー・サポーター
「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
④批評家
「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。

【Q2】
現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?

 

アンケートの回答者一覧(※敬称略・50音順)

①アーティスト

(あ〜)
青木尚哉、アオキ裕キ、赤松美智代、秋津さやか、秋山はるか、磯島未来、伊藤キム、イフクキョウコ、今村達紀、岩岡傑、岩淵多喜子、岩渕貞太、うえだななこ、上野愛実、宇都宮忍、大脇理智、緒方祐香、長内裕美


(か〜)
カミイケタクヤ、川口智子、木野彩子、楠原竜也、黒田育世、KENTARO!!、國府田典明、合田緑、合田有紀、坂本公成、佐々木治己、佐成哲夫、渋谷陽菜、砂連尾理、白井麻子、菅原さちゑ、鈴木ユキオ、隅地茉歩


(た〜)
田村興一郎、辻田暁、寺田みさこ、得居幸、中西レモン、乗松薫、平井優子、福留麻里、星加昌紀、三好絵美、村山華子、目黑大路、森田淑子、康本雅子、山崎広太、ゆみうみうまれ、吉福敦子、匿名希望(1名)

②オーガナイザー
伊藤みや、岩﨑孔二、有限会社オフィスモガdagdag matsuyama、齋藤啓、斎藤ちず、スウェイン佳子、杉山貴子、鈴木美恵子、高橋正和、田中勉、千田優太、千葉里佳、徳永高志、中島諒人、林曉甫、水戸雅彦、山口佳子、山出淳也、吉田雄一郎

③スポンサー・サポーター
大澤寅雄、加藤種男、清水永子、霜村和子、高橋大助、丸岡ひろみ、吉本光宏、若林朋子

④批評家
池野惠、石井達朗、亀田恵子、小林昌廣、竹田真理、乗越たかお、武藤大祐、森山直人

 

①アーティスト

 

①アーティスト(あ〜)

 

青木尚哉/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
作品を「作る」だけではなく、「観せる」「持ち運ぶ」「続ける」ということが重要だと気付いたことが得たことです。 駆け出しの作家や、手打ちの公演ばかりをしている方だと、作って踊って終わりが繰り返されて、作品も作家もただただ消費されていってしまい、なかなか成長を促せないように思います。 「踊りに行くぜ!!」Ⅱのような体験をすると、応募から終了まで約1年間、制作サイドとの継続的にやり取りが続き、作品作りにも粘り強く取り組む姿勢や思考力がつくと考えます。 ダンスは、表現そのものは抽象的ですが、それに対する方法論や手法は抽象的である必要はなく、むしろ具体的で良いという思考が生まれ育ちました。 このことは、振付家になることを拒みダンサー一本でやってきた私が、これまで得たダンスや舞台に対するスキルを活かし、現在の継続的なプロジェクト、及び創作活動に繋がっています。あの体験があったからだと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
後半の状況はわかりませんが、私が体験した「踊2」のようなサポートがあれば良いと思います。

 

アオキ裕キ/ダンサー・振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
作品をつくり、発表し、終える。というような一過性で終始するものでなく、注目度のあるこの機会をどう活かすかは、採択されてからとても重要な点でした。 ダンスはもっと社会と関われると感じています。ダンスファン、福祉活動家、一般の方、貧困生活者などが一同に会する屋外環境での開催は、ダンスという芸術が持ちあわせている可能性を様々な視点から体感できたのではと感じます。これを皮切りとし、現在、東京都内近郊の路上でパフォーマンスを行なっています。たくさんの協力者、応援してくれる方が増加し、現在の活動が形になっています。「踊りに行くぜ!!」Ⅱに参加した事から大きく繋がっていると感じています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
現代日本ならではのアプローチ作品や振付家のダンススタイル、振付法などを海外へ紹介、また送り出せるようなサポート。海外の振付家と繋がり、情報共有、活動紹介し合えるようなプログラム。途上国へのダンス提供プログラム

 

赤松美智代/赤丸急上昇(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」Ⅰに参加しました。これに参加したことは、今の赤丸急上昇の活動の原点で、全ての活動は、ここから始まったと思っています。 地元でだけの公演の機会では、到底得られなかったことの数々を学ばせて頂きました。
●自分を知らない人の前で上演できる機会は、作品・身体が直接伝わり、またダイレクトにその反応を得られることができた。
●同じ作品を違う会場で、再演することで、作品が育ち生きて行くことを感じた。
●各会場で出会うその場所のテクニカルスタッフの方々のやり方の違いに触れ、短い時間で、作品を上演できるまでに仕上げることで、たくさんのやり方を学んだ。 これらは、今の赤丸急上昇の活動に全て生かされています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
●作った作品を巡回するプログラムの再開を望みます。「踊1」です。 ただ、時間としては、60分くらいは欲しいので、プログラムするときに、20分程度で、3〜5作品というような枠組みは外し、作品により、組み合わせる自由度が必要です。 何分でもいいので、必要な分数の強度のある作品を募集して欲しいです。
●新しく作るプログラムじゃなくても、何年もかけて、一つの作品を作りたいときに、活用できるようなプログラムがいいです。
●作るべき作品はに必要な場合、Bプログラムのような、その地域にダンサーを求め、なおかつ、レジデンスもできる環境、その両方を望みます。そういう状況でできる作品枠も、残して欲しいです。

 

秋津さやか/ダンスアーティスト(海外在住)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は地域のアーティストと作品を作る、Bプログラムで「踊りに行くぜ!!」Ⅱに参加しました。リハーサル期間は3週間でしたので、いかに早く新しく出会ったダンサーたちとの距離を近くして信頼関係を築き、 チームを作り上げることかが大切だと感じました。それを実現するためには、人間関係を早く作り上げる作業だけではなく、自分のコンセプトやアイディアをいかに発展させて、人に明確に説明できるかが重要でした。準備段階で、一人でコンセプトに有意義に取り組むのは簡単ではありませんでしたが、文献を読んだり、信頼の置ける友人と相談したり、また「踊2」のプロデューサー水野さんとお話しする時間を取っていただいたり、自分なりのやり方を模索し、リサーチの手法を考え直し、試す機会となりました。この経験は現在作品に取り組む際の準備に大きく生かされており、以前よりクリアに作家として自分のアイディアを提示し、作業ができる様になったと思います。
また、新長田で一緒に作業をしたダンサー達とは交流が続いており、現在も「踊2」で取り組んだプロジェクトを一緒に続けています。短い期間で作品を作り、他の自分たちより長い制作期間を経た作品と一緒に上演するのはそれなりのプレッシャーと、ダンサー達に対する責任感の重みがありましたが、彼らが私と一緒にそれらを乗り越えてくれたことで、今も一緒に活動できる特別な仕事仲間になれたと思います。信頼のおけるダンサーとの関係を築けたことは、「踊2」以後の活動を支える大きな力となっています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
アイディアを提出して、それを実現させるだけではなく、創作過程で作家として作品制作の幅をより広げて、制作できる様なプログラムがあればいいなと思います。例えば、選ばれた作家が集まってコンセプトを発展させるためのワークショップを受講し、自分が知らなかった手法を試してみることで、自分が思っていなかったことを発見することができます。私自身、自分の手法をいつも広げる努力が足りていない時期がありました。自分では、自分のやり方を築いて発展させているつもりでした。昨年、マドリードでビジュアルアート、パフォーミングアーツのマスターコースを専攻した時に、パフォーミングアーツ、映画、ビジュアルアートなどダンス以外の様々なアプローチを学び、体験することで、自分の思考を随分広げることができて、制作がさらに楽しくなりました。また、初めてオランダのプロダクションハウスで作品を作った時のプログラムでは、選ばれた振付家がワークショップを受けるだけでなく、プロダクションが同じ時期に行われていたダンスフェスティバルと提携していて、たくさんの作品を無料で見ることができました。これも、自分の思考を広げることに役立ちました。現在の日本のダンス界についてはあまり精通していませんが、欧米のダンスアカデミーの様に、ダンスの歴史や過去の作品について学ぶ機会も少なく、身近に見られる仲間同士の作品だけを見ていては、視野が広がらないのではないかと思います。過去の作品や他の作家から何かを学ぶことが絶対必要、と言うのではありません。自分らしい手法を発展させていくのと、自分の手法しか知らないのは違うことだと思います。JCDNにはこれまでの「踊りに行くぜ!!」作品など、豊富な資料があると思います。これらを利用して、作家が視野を広げるためのワークショップやディスカッションをプログラムに取り入れるのはどうでしょうか?
「踊2」に似た、若手アーティストを公募で選び、作品制作をサポートするプロジェクトの選考方法で、作家がコンセプトや制作予定を書類で提出するだけでなく、オーディション時にどの様なリサーチを行うのかを実践する企画が以前にありました。プロダクション側は実際に作業を行う能力やその成長度も選考の対象にすることが出来、またアーティスト側はプロダクションの方向性や相性を知ることができるので、良い方法なのではと思いました。

 

秋山はるか/MuDA 制作(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
当時は私がMuDAの制作であるという意識がすごく低かったように思うのですが、プログラムを通じて制作者がする役割や重要性がどういったものかというのが少しですが分かったような気がしました。その意識の進歩が今に生かされていると思います。(小学生が中学生か高校生にあがるくらいの進歩ですが…)

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
見る人がより気軽に身近に質の高いものを観ることのできる環境(安価なチケットor無料公演?)があり、やる側も質の高いものを供給するためにそれに没頭できる時間を金銭面で遮られることなくやれる状況を見出せるサポートがあればいいなと思います。
ただ、質の高いものがなんなのかや、万人うけするものが質が高いと言えるのかは、はっきりと分からないし、万人うけして動員がたくさんあるから公益に繋がり、国や地域から助成が降り、巡り巡ってその万人うけするアーティストだけが潤って残っていくというのでは、なんとも辛いところではあります。多くのマイノリティの中にある理解困難な良さを認める、広げる懐をたくさんの観客に中に育てたり、その良さを発掘できるような場に「踊りにくぜ!!」がなればいいなと思います。
その他、半年だけの支援でなく、1年、2年かけて支援するような長期型もあればいいなと思いました。支援内容については、制作費自体は短期の場合と変わらないにしても長期の支援の中でアーティスト自身でも助成金を取れるように、その助成金の申請方法のアドバイスなどもサポートするなど、数々の助成を受けてきたJCDNだからできるノウハウを教えてもらうことができれば、プログラムが終了した後でも、予算のない中生き抜く一つの武器になるのかなとも思いました。

 

磯島未来/振付家、ダンサー(大船渡)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」Ⅱでは、自分が振付家/演出家の立場である作品製作で、ダンサーとどうコミュニケーションをとって作品を創っていけばいいのか、ということをいくつかの現場で毎回悩むところでした。そのことはその後の製作現場でいまでも非常に悩ませることで、短期間での作品製作において要となることだと思います。逆にダンサー側で初めて関わった昨年度は、ダンサー側の抱える問題(数ヶ月で作家とそしてともに踊るダンサーを知っていく、作家の思いを身体化していくことなど)にぶつかり、作家としての声がけする内容・タイミングなど、学び気付く機会となり、双方を「踊2」で経験できたことは、常にどの現場でも生かされていることと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
1回の公演のために集まるというより、その後も継続していける仲間/カンパニー体制を準備段階からサポートできたら、作家の数年先を目指した活動に向けてどのような人が必要なのかを見据えた人選、そして共に作品を創っていける環境があるのはひとつの理想と思います。

 

伊藤キム/フィジカルシアターカンパニーGERO主宰

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
かなり昔のことなので今の活動にどのように生かされているかなかなか分析が難しいのですが、金沢21世紀美術館にはその後一度も伺っていないので、もし今後一度も訪れることがないとしたら、あれは大変貴重な機会だったのだなと、今際の際で回想する、かもしれませんね。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」、という事業に合致するものかわかりませんが、私が感じていることを2点述べさせていただきます。
【倉庫】
公演で小道具・舞台装置を作るのがかなり困難です。もちろん予算の都合もありますが、公演後の「保管」を考えると躊躇があります。もしどこかにみんなで安く借りられる倉庫のようなものがあれば、衣装や舞台装置をそこに保管できますし、それは作品の再演ということにもつながるだろうと思います。私たちの世界ではどうしても「作りっぱなし」が多く、「作品を育てよう」という機運が乏しいですね。そういった状況を打開する上でも、倉庫問題を解決したいです。
【労働組合】
ダンサー・振付家は、常にギャラ交渉にさらされます。そういうことを引き受けてくれる制作スタッフがいれば話は別ですが、振付家・演出家が制作を兼任している例が多い中、これは切実な問題です。いくら貰えるのかという金額の多寡が問題ではありません。金額提示はいつなのか? いやそもそもギャラは出るのか? 公演が終わっても誰からもギャラの話がないがどうなっているのか? 私は騙されたのか?
こういった声を各方面から聞きます。アーティストは常に弱い立場にあり、個々人で活動する以上、状況の改善は困難だと感じます。これはもう労働組合を作るしかないのではないか、そう思っています。私のような立場の人間ならある程度の経験・実績がありますし、このことに関して率先して動く覚悟はあります。JCDNでどこまでサポートしていただけるのかわかりませんが、この点に関してぜひご意見を伺いたいです。

 

イフクキョウコ/ダンサー、スタジオ運営(山口)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」を通して得たものは、いまも自分の活動の基礎/基盤として、あるとおもいます。
特に私はコンテンポラリーダンスももちろん、舞台で人前にたつということ、作品をつくること、という初歩の初歩を、専門教育を受けていなかったので、「踊りに行くぜ!!」で出演することで学びました。その後自分の作品をつくり模索する過程でこのときの経験は役に立っています。
また、「踊りに行くぜ!!」を通じて、人とのつながりをいただきました。ここでできた人とのつながりは、決して密なつながりが続いている、というのではありませんが、思わぬところで接点が再開したり、みなさんのその後の活動のお知らせをいただいたり、特に私は現在、山口という地方の小さな街を活動拠点としているために(出演時は福岡が拠点)、つながっているみなさんの活動から、いまなにが起きているのか、これからどういうことが起きようとしているのか、を知ることができます。
そんな私がいまはコンテンポラリーダンスを教えています。まだまだコンテンポラリーダンスというものが浸透していない部分もあるこの場所で、私が「踊りに行くぜ!!」を通して得た知見を伝えたり紹介したりできます。
「踊りに行くぜ!!」という企画が、全国津々浦々巡回できる企画で、また長く続いたため、私はこれらのことが得られたのだと思っています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
いずれも漠然とした回答しかできませんが…
1. 未来のダンスをうみだすための、教育が充実するといいなと感じています。
そのために中学生くらいの年齢からコンテンポラリーダンスを創作できる機会があったらとおもいます。至るところでワークショップなど開催され触れる機会は増えているようにおもいますが、この年齢で本腰入れて本人が創ってみよう、と思えるところまではまだまだのような気がしています。
2. 振付家どうしが、互いの振付方法を共有/シェアできる場があると面白そうだなとおもいます。どんな方法で、どんな考えで、社会とコミットしてみようと試みているのか、世界をどうみているのか、作品をみるだけではない、創作の手法を共有し互いにもっと気楽に試行してみるような。

 

今村達紀/ダンサー、振付家(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
人との関わり方、新しいものとの出会い方が変わったと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
今の日本、未来の日本のダンス界がどうあってほしいというのが僕にはありません。だからどのようなプログラムやサポートがよいのかわかりません。 ただ、多様性が担保されていることは大切なことだと思います。だから、「踊りに行くぜ!!」は、JCDNで必要だと思う企画をやるのがいいのだと思います。 本音と大義名分の狭間で難しいとは思いますが、それを必要としている人に情報がちゃんと伝わる仕組みができると良いなと思います。

 

岩岡傑/パフォーマンスアーティスト、パフォーマー(アムステルダム)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。

一つに、「踊りに行くぜ!!」の作品で扱おうとした「カオス • 混沌」というテーマ(実際には作品構成を成り立たせる、という段階において主として扱われなかった)は現在もいくつかの自作品のテーマとなっています。 次に、八戸で実体験として「日本人でありながら、日本語でのコミュニケーション(もしくは日本でのコミュニケーションのあり方?)に不都合を感じる」という経験は、それ以来、作家である以前の自分のアイデンティティーへの問いを深く投げかけることになりました。この経験は、果てしなく多様化する現代社会の一員としての立ち位置を、母国と呼ばれる場所で再検討する機会となり、大変貴重なものでした。
海外での生活が長く、自分自身を見るとき、「国際社会を構成している一員」という気持ちが「日本人である」ということよりも先行する自分ですが、ルーツを失うことで得られる自由度と引き換えになるものを身を以て感じることで、「人間とは何か?」という自身の創作の根源的な問いに一つの重要な軌跡を残すこととなりました。
それは、これからも世界で増え続けるであろう多国籍なルーツを持つ人たちや移民の人たちなどへの理解を一歩深める機会ともなりました。国際社会の一員として、また、一作家としても、このことは、これから人類がどういう社会を築いていくかに深く関わることだと認識していて、その未来への重要な役割を持つ芸術というカテゴリーで活動を続けていく上で、大変意義のあることだと思っています。「踊りに行くぜ!!」への参加は、ある意味で自分の作家活動の一つの分岐点であったと言えます。それは「作品の傾向がそれ以来変わる」といったようなことではなく、深部の根源的な問いの部分での変化で、それがどのように目に見える変化をもたらすかは、現時点ではまだいくらかの時間が必要な段階です。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
1. かなり過激に政治的なこともやれる場所、というのもあれば良いと思います。例えば一つの大きな会場だけではなくて、それと並行して街の小劇場的なスペースで客数は限られたとしても「公共の場ではここまではちょっと」という、R指定的なものも発表できる枠を設けたりするのはどうでしょうか。

2. 選出された作家同士、参加者同士がそれぞれの制作プロセスをシェアしながら、自分たちが「今の日本、未来の日本のダンス界において、今やるべきことは何だろう?」と話し合い、スパーリングしながら、それぞれのアウトプットを試行錯誤できるプラットフォームがあれば良いな、と思います。

3. 公演ツアーに伴って、作品発表する作家、もしくはそれとは別に選ばれた講師によるワークショップを、同時または事前に開催して、その地域の未来のダンサー、作家、観客の発掘、育成に貢献 — しながら、ある種抱き合わせ商法で観客動員数の増加も狙う — ことで、観るだけではなく、参加して自分のからだでダンスを楽しみ、からだを通して自分なりのダンスに対する理解を作るきっかけ、または深められる場所を提供するプログラム。

 

岩淵多喜子/Dance Theatre LUDENS主宰、日本女子体育大学舞踊学専攻講師(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」にはⅠ(ファースト)に数回参加させて頂きました。この企画ではJCDNが公演に関する全ての制作関係の事をやって頂けるので、アーティストは作品創りと公演に集中する事ができ、また国内の様々な劇場で作品を再演する事が出来るため、普段とは違った層の観客の方々から様々な意見を得ることが出来、作品を再演していくことで、作品のブラッシュアップの機会を得る事が出来ました。また、色々な他のアーティストの方々の作品を観たり、話したり、普段お会いすることができない劇場関係者の方々やスタッフの方々ともお会いすることが出来、アーティスト同士の交流や情報交換の機会にもなりました。
また国内での「踊りに行くぜ!!」に加え、「踊りに行くぜ!! in アジア」にも参加させて頂き、インドネシアでは4か所で作品を発表、カンボジアでは作品発表に加え、地元のダンサー達との創作を行う機会を頂きましたが、このような機会はJCDNの広いネットワークとそれまでに培われてきた各地との繋がりによってはじめて可能な企画で、アーティストやカンパニーの単独ではなかなか起こせない企画だと思います。「踊りに行くぜ!!」に参加させて頂き、国内外で作品上演の機会を得て様々な経験をさせて頂いたことは、作品創りへの姿勢や再演の意義、限られた時間でのスタッフワークに対応するための準備、ダンスを通して社会と繋がっていくこと等を考えるきっかけとなり、様々な意味で現在の自分に影響を与えていると感じています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
現在のコンテンポラリーダンスの状況を見ると、コンテンポラリーダンスを扱う劇場も企画も減ってきているように思います。観せる場が少ないと、創客にも、それを目指す若い人達への動機づけにも繋がらないので、全体的にコンテンポラリーダンス界が小さく縮んでいっているような印象を最近持ちます。現在も各地で様々なインディペンデントの企画が起きているとは思いますし、それぞれのアーティストやカンパニーが単独で活動していると思いますが、それを取りまとめたような発信力のある企画が少なくなっているため、日本のコンテンポラリー界の全体像が外から見えにくい状況になっているように感じます。今の状況は単独公演を打てる力があるカンパニーやアーティストは活動を継続していけると思いますが、若手のアーティストはセッションハウスやD倉庫規模の発表の場から次のステップに進むことが難しくなっているのではないでしょうか。コンペなども減ってきているので。。。 私たちが「踊りに行くぜ!!」に参加させて頂いていた頃は、本人に意思があれば、次のステップへ進んでいくための機会、経験を積んでいくためのブリッジがもう少しあったように感じます。そしてそういった経験を積んでカンパニー単位で公演を打つ方法だったり、海外へアプローチしたり、自分達で新たな企画を立ててみたり、という風に徐々に独自の活動を発展させたり、少なくとも様々な可能性の発想を持つ遊び心というか、ある種の余裕、また、コンテンポラリーダンスや創作活動を生業にしていく、ということが活動をしていく先に自然に見えてきたのですが、現在の若い人達は経験を積める機会が少ないので、そういった発想はなかなか持てない環境になっているように思います。
今後「踊りに行くぜ!!」Ⅲが開催されるのであれば、発表の機会と創客、アーティスト同士のネットワークの構築の機会になる「踊りに行くぜ!!」Ⅰと、創作環境の充実と作品創りのサポート主にした「踊りに行くぜ!!」Ⅱの両方があるとより良いように個人的には感じます。若手からキャリアのある層まで、自分のその時の段階、ニーズに合わせて参加することが可能であれば、参加したいと思うアーティストの数も増えると思いますし、「踊1」のように様々な作品が一つのプログラムで観せる事ができれば、普段コンテンポラリーダンスを見慣れない人にも、コンテンポラリーダンスの多様性を発信することが出来、アーティスト側の経験や成果に加え、ダンスを享受する側(社会)の成果、両方がより見えやすくなるかもしれないと感じます。
JCDNさんのように長年に渡りコンテンポラリーダンスに特化して活動をされているNPOの存在は日本のコンテンポラリーダンス界にとって大変貴重なので、今後も是非、日本のコンテンポラリーダンス界を支える企画を継続して頂きたいと感じます。

 

岩渕貞太/振付家、ダンサー(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
2008年はソロ作品の再演の上演で松山・札幌・函館公演に参加しました。個人ではなかなか難しい拠点以外での上演や、その地域の劇場スタッフや観客、他の参加アーティストとの交流により自分の考えや作品について見直す機会になりました。公演後に札幌のダンススタジオから振付依頼を頂いたりと活動の機会も広がりました。
2017年は新作クリエーション環境サポートと仙台・福岡・東京・京都での公演に参加しました。「踊りに行くぜ!!」プログラムディレクター水野立子さんを筆頭に舞台スタッフや開催地各地の主催者などクリエーションの途中経過から作品内容について話し合う機会が多く、作品をつくり、発表する意義について考え直し、言葉にすることの重要さに気がつくことができました。作品発表前に価値観の違う多くの他者とコミュニケーションすることはストレスも多く、辛い時間もたくさんありましたが、その中でアーティストとしての地力を鍛える機会になりました。「踊りに行くぜ!!」でつくった「DISCO」は代表作になったという声も聞きました。その後、札幌・コルカタ(インド)での上演にもつながりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンスをめぐる言葉の醸成の場が必要だと考えています。現在発表されているダンス作品がどのような社会から生まれ、新たな視点を生み出しているのか、つくる側と観る側、双方から多くの言葉や場が必要だと思います。ダンスとダンス以外のものを繋げる言説がほとんどないのではないかと思っています。何人かのダンスの作家とダンス関係者(批評家や制作者など?)がともに一年を通して様々なジャンルの芸術関係者とトークをしたり、日本や海外の地域の歴史や現在の問題などいろんな場所へリサーチに行ったりなど、すぐに成果が出ないかもしれないが長い視点でダンスの地力を上げて行く枠組みがあると今後面白い展開が起こりそうだと思います。 小さくとも多くの機会とその継続が新たな可能性を開くのではないでしょうか。

 

うえだななこ/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
・作品を作る際に自分独自の作り方・方法とは何か、という事を意識して追求するようになりました。
・「踊りにいくぜ!!」で出会った人達とその後活動を共にしたり、協力し合うこともありで繋がっていき、人との出会いがありました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・レジデンス専用の施設があればよいなと思います。常時交代で、どこかのグループや個人がレジデンスしながら創作活動し、発表できるような。滞在期間は例えば3週間の人もいれば、1ヶ月、6週間の人もいたり、作品の内容に応じて決める。個々の途中経過を見せたり、滞在最後には作品発表。そして、その作品を日本や海外の劇場やフェスティバルに売り込む事にもサポートがあれば、と思います。

 

上野愛実/ダンサー、振付家(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
まだ作品を作り始めて間もないころに「踊りに行くぜ!!」に参加する機会をいただきました。社会に作品を発表するということを、プロデューサー、テクニカルスタッフ、ご一緒した振付家、ダンサー等、プロの視点から様々にご指摘いただきました。大勢の人に作品の過程を見てもらうことで、作品も扱かれて、よりクリアになっていったと思います。それによりなにを選択するか、これだけは無くせないということも、明確にしていく方法を学びました。 作品作りの基盤がこの時期形成されたと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
今は作品を発表する機会がほしいと思っています。
そのために定期的に稽古ができる場所がほしいです。いろいろな振付家、ダンサーと交流できる、より刺激されるような環境であれば良いなと思います。それと、振付家としてはやはりお金がなければダンサーに声をかけづらいのが現状で、それがネックで作品づくりも厳しいところがあります。支払いが振付家の負担になりにくい制度があれば作品作りも盛んになるように思います。

 

宇都宮 忍/yummydance(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私にとって「踊りに行くぜ!!」とは、沢山のアーティストの皆さんとご一緒させて頂けたり、お客様やダンス関係者の皆さんに感想や批評を頂けたり、対話の場があり、作品発表の場であり、沢山の学びの場でもありました。自分の理想に近づく為に、表現したいことを自分の言葉にしていくことの大切さ。
言葉にしていくことで、まだまだだな~。とか、クリアになってきたな!とかみえてくるので、作品づくりで今も大切にしています。場のつくり方。照明、音響、舞台監督さんなど、現場スタッフさんや、関わるスタッフさんをいかに巻き込めるか。やりたいことを明確に伝え、アイデアをもらうことも大切だと思います。みんなを味方にできた作品は、それぞれの視点からより良くしていきたいという思いが強まるし、気持ちよい現場になっていきます。いい現場には、いい渦が生まれます。
あと、人脈。沢山の出会いを頂きました。そのおかげで、一緒にお仕事をさせて頂くことに繋がったり、活動のサポートをして頂くことに繋がったりしています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
作品をつくる人が増えたら、日本のダンス界はもっと明るくなると思います。
「踊りに行くぜ!!」Ⅲでは、「踊りに行くぜ!!」Ⅰのスタイルに戻らないかな?と思います。 「踊1」って、地方で活動する者や、初めて作品をつくる者にとっては、こんなにいいプログラムって、やっぱり他に無いと思います。他のアーティストからの刺激を受けることや、作品を批評される立場に立つことや、巡回するごとに作品を見つめなおすチャンスや、なかなかこんな経験を一度にできる機会はそうそうありません。作品の強度が問題という意味では問題もあったと思うのですが…。
ダンスをしている人はいても作品をつくる人が少ないと感じます。作品つくってみようかな?と、くすぶっている人達をいかに引き上げるかが課題としてあると思います。作品をつくれる人がアーティストだと思うので、アーティストの登竜門としてぜひ復活して欲しいです。

 

大脇理智/メディアトゥルグ、ボディーワーカー、スタジオイマイチ代表(山口)

Q 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
1.(自分はないのですが)周りのダンス仲間は、「踊りに行くぜ!!」を通じて県外公演ができましたが「踊りに行くぜ!!」イベント以降、他県とのつながりはとくに無いようです。このことを重く受け止め、自分が関わるパフォーマンス(演劇・音楽を含む)ネットワークでは一つの事例として、相対関係のあるネットワークが作れるかを検討しました。これを私達は「ご近所計画」と読んでいます。
「踊りに行くぜ!!」との違い
I. 車で移動できる範囲に出張先を限定する
II. 地元での公演は公演者が責任持って主催する。
III. 地盤での集客のためのコミュ二ティーづくりを行い、お互い(他県)のノウハウを共有する。(山口、福岡、大分での定期的なミーティング)
IV. 支援会を頻繁に行い、鑑賞者が作品を育てる意識を作る。
V. ダンス以外のコンテンツを入れる。(演劇、音楽、食事など)
この事業形態は4回まではうまくいきましたが、地方では制作さん不足、作家不足で、また、現代の若者が、あまり自分のコミュニティー以外での作品発表に興味が無いので、一時休止していましたが、近年、中国地方内のコンテンポラリーダンスの新たなコミュニティー形成のためにイベントを初めている。

2.「名所でダンス」と題して、2009年より1年間、近所の名所に出向いてビデオダンスの収録及び配信をYoutubeで行った。これは劇場内でのパフォーマンス収録はインターネットで観ると暗くおどろおどろしいこと、既存のCDから楽曲を使用すると、著作権問題でデータを消されてしまうことから、画面は明るくきれいな景色、著作権フリーの即興演奏、一本が見やすい短い時間、を軸に撮影された。いまではダンスコンテンツの配信は世界的に一般的になったが、2009年の時点ではそのような作風のダンサーはいなかった。出演者は「踊りに行くぜ!!」に出演していたダンサー(江藤由紀子)で撮影され、「踊りに行くぜ!!」で作品発表の反動から作られている面が少なからずあった。
余談, ダンスオーディションの審査を行っていると、ダンサーのポートフォリオにビデオ資料添付が極端に少ないのが目につく。クライアント側としては、オーディションで受かったその後の情報配信をダンサー自身が主体的に行う人材のほうが魅力的なため、クライアントからの支持で、ポートフォリオに動画仕様が添付されていないダンサーは無条件にカットされた。動画の流用や動画からの批評を恐れて、動画配信を制限している知人のダンサー・振付家には少くない。何度か説得してみたがスタイルを変える気はないようだ。この手のリテラシーの格差は問題である。また、それに合わせて、ダンサーの楽曲著作権のリテラシーの低さも問題である。

 

緒方祐香/ダンサー、振付家(佐賀)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私はダンサーとして参加した回と作家として参加した回があり、それぞれにたくさんの事を得る事ができ、また今の活動に生かされています。私にとっては「踊りに行くぜ!!」が無かったら、今の活動は殆ど無かった、と言っても過言ではありません。
ダンサーとして参加していた時は、まだ私はダンサーとしても作家としても経験が無く若かった為、私が参加している作品の作家がどのくらいの時間をかけ、どのぐらいの労力と気力を割きながら作品を作っていくのか、そしてプロデューサー(水野さん、佐東さん)や関わっている人からの助言にどう向き合い、どう作品が変わっていくのかを目の当たりにでき事が本当にいい経験でしたし、ここで見て、そして経験して来た作品作りのノウハウ、というか道のりが私が作家として手探りで始動するにあたって絶対的に必要でした。
また、全国巡回なので、1回目の本番が終わった後、次の土地での公演までにまた練り直し、2カ所目、3カ所目と作品がどんどん作家の腑に落ちる方向への動いていくことが印象的でした。ただただ同じ作品でツアーする訳ではないこの「踊りに行くぜ!!」ならではの雰囲気が作家にとって『何か正解なもの』を作らないといけないという壁をぶちこわせるチャンスを得やすいのでは?と思いました。
作家として参加した時は福岡でのCプロ(地元作品)としての参加でした。作品を作った経験がほとんどなく、Aプロに出す自信は無い。でも作品を作ってどこかに出したいし、「踊りに行くぜ!!」のように色んな意見を言ってもらいたい!という私にとってCプロは本当に有り難い企画でした。Cプロは巡回はないものの、本番までに中間発表や、プロデューサーからの意見、ライターさんとの質疑応答、地元主催者との会話などなど周りの人からの意見を聞けるチャンスがたくさんあり、本番までの間に自分の作品について色々な方向から考える事ができました。このような機会は、ほんっとうーーーに地方では無いので有り難く、また、普段ならご一緒できる機会のないような経験豊富な先輩振付家達がゲネを見ていてくださり、楽屋や打ち上げなどで、色々感想を言ってくださったのもまた有り難く思いました。
今でもあの時頂いた言葉を反芻したりしながら、自分の作品と向き合っています。
最後に、上手く言えませんが、「踊りに行くぜ!!」に出てなかったら作品を作る事はこんなにも血の通ったことなのか、と思う事はなかったと思います。
そして、自分の作品を作る事にただただ怖がるばかりで前へ進めなかったと思っております。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
セカンドでもあったように、レジデンスをしっかり長期でできるといいです。特に東京に住んでいる時は稽古場も無く、日々の生活(他の仕事や、事務作業)などがありレジデンスのようにそのことしか考えないでいいような時間があるといいと思います。 また、途中で意見交換の場がたくさんあると思いますが、水野さん佐東さんだけでなく、同じくらい経験のある色んな作家や振付家、ご意見番達の意見が聞ける場があったらいいのかな、と思いました。

 

長内裕美/振付家、ダンサー(海外在住)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は、「踊りに行くぜ!!」Ⅱ vol.4のBプロジェクトに参加し、福岡県周辺の地元のダンサー、パフォーマーの人たちへ振付家として作品を制作しました。振付家として経験も浅く、オーディションを経て出会った人たちとの作品制作は、私にとっては毎日が挑戦でした。自分の未熟さや足りない部分を痛感し、反省の多く残ったクリエーションとなりましたが、制作の方、アシスタント、出演者に支えられ、その期間は作品制作だけに没頭できるという恵まれた環境にとても感謝をしています。
自分の色にダンサーを染めるということができなく、結果的に各々の出演者の良さを前面に出していく方向に作品が進んでいきました。これまでに経験したことのなかった手法で作品制作ができたことは、「表現すること」の可能性を無限に広げてくれました。それが現在の自分の活動においても生かされていると思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
文化庁の助成金不採択の理由として「成果が見えにくい」というのには驚きました。何を基準としての「成果」なのか。コンテンポラリーダンスとは、普段はあいまいに見過ごされているものを表現するようなもので、一概に集客力ではその価値をはかれないと思うからです。
映画やミュージカル、漫画やドラマのように、見て消費されるもの(それらにはもちろん感動や得るものはありますが)とは区別して、コンテンポラリーダンスが求められるものとは何か。ただ単にテクニックや個々の感情を表現するだけにとどまらずに、見る人の感覚、想像(創造)力、人生観を一変させるような、作品の説得力が求められるのではないかと思います。それは、ダンス、劇場、パフォーマー、観客という各々の境界を超えて。(これは、もう当たり前でした!)
もともと、「踊りに行くぜ!!」のプログラムやサポートは日本のダンス界においてとても素晴らしい企画だと思っていたので、具体的にⅢ(サード)に向けての提案が思いつかないのですが、例えば、コンテンポラリーダンスをもっと普及させていくために子供対象の作品を製作する企画で学校を巡回しWSも行う(もちろん、親もその知り合いも観られる)、ダンス公演に付随して身体を通して表現することを1人でも多くの人に知ってもらう活動(WS?)を地道に行っていくしかないのかなと思いました。

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①アーティスト(か〜)

 

カミイケ タクヤ/美術家(高松)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
企画としては若手から他ジャンルの作品を製作する人にもダンス作品を作る作家、また共に作品を作る人達の小さな可能性も拾うという事によってどこまでも続く広がりみせて、ダンスの幅を大きく拡張する事に成功していると考えています。
その中で私は美術家としてダンス作品を作らせていただきました。
普段は舞台美術の製作も多く、演出家の視点という大きな経験をさせていただいた事は身体への負荷と可能性や、舞台美術という空間や舞台の展開、動きのことを考える点では特に大きな糧となりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
数年前にアーカイブという言葉が流行りましたが、それもまた一つのアプローチであり、ダンスの、身体への鑑賞の可能性を探るプログラムがあればよいと思います。
公演という形態に限らず、展示や映像、例えば公園の遊具を作品として製作するなど、ダンスの身体とまた違うジャンルのコラボレーションによって身体を探るという企画。

 

川口智子/演出家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
タイトルのみが存在するテキストを演出したい、それには、ダンス作品しかない、と想い、「踊りに行くぜ!!」Aプログラムに参加しました。振付家としての経験はもちろんのこと、ダンス作品をつくった経験のない私が、『#1天使ソナタ』という作品をつくることができたのは、どこかにあるかもしれない“ダンス”の考え方に縛られない“つくり方”と“作品”を信頼してくださった、参加メンバーとスタッフのみなさまのおかげです。『#1天使ソナタ』は、ダンスでも演劇でもない、しかし「カラダ」と「音楽」と「ことば」のある上演になりました。
かならずしも発語されない上演用テキストと振付、作曲の応酬。予測不可能な作業の行程は、レジデンス製作という創作環境に朗らかに受け入れられ、これが今後の作品づくりにおいてもひとつの方法論として可能性を持っていると思います。
実際に、続編である『#2恋鳥歌』は参加アーティストを新たにし、香港のコンテンポラリーダンサー、広東オペラのアーティスト、さらには能楽師とのコラボレーションという形で、ワークインプログレスの実施に至ったことは、「踊りに行くぜ!!」からの成果であり、「#9」までの構想の実現にむけての大きな一歩です。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
創造環境のサポートを期待します。リハーサルの環境だけではなく、企画段階から上演、さらには再演(レパートリー化)や作家としての長期的な活動を視野に入れた創造過程を、プロデューサーとアーティストが協働してつくり上げていくこと。作品単位で消費されないような力強い創作にはこのような連携が必要であると思います。上演は繰り返されることでブラッシュアップされ、新しい上演を生みます。各地域の劇場や主催者たちとのネットワークにより、作品が新しい観客と出会い、より良いものになっていくことを期待します。

 

木野彩子/踊子、鳥取大学地域学部附属芸術文化センター講師(鳥取)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は2009年の「踊りに行くぜ!!」に札幌から選出していただき参加しました(札幌、佐世保)。海外から帰国してすぐの拠点が定まらない時期であっただけに地元(出身地)で踊る機会を得ることができ、とても感謝しています。
その後も札幌では自主企画公演や、ワークショップ、レッドベリースタジオさんの協力のもとパフォーマンスを開催してきましたが、自身の知り合いが来るところまでで留まり発展が見えにくかったことからあくまで生活拠点と経済基盤は関東圏におき暮らしてきました。現在は鳥取大学講師として鳥取に移住しましたが、作品テーマや活動スタイルは2009年から今まで変わっていません。
すべての人の人生はそれぞれにドラマがあります。映像ではフェイクドキュメンタリーというようですが、それを自らの身体、言葉を用いて独自の切り口で表現をし作品としてまとめます。体育教育、宗教、家族の歴史。基本的にソロ作品にこだわっているのは自分の人生からしか自分は語ることができず、また自分に今みえてしまっているものは霊的とは思いませんが目に見えない範囲もののため、自分で表現するしかないということに行き着いたからです。
この手法に入っていったきっかけは札幌で自己紹介のために自分のことを話すダンスを作ったことでした(言葉を用いるのは私自身が演劇出身者でもあるためです)。私小説ダンスと当時佐東さんが名付けてくださったと思うのですが、一般的に失敗しがちなこの範囲を作品として成立できているのは、私自身が捨て身だからでそれはまた一つの個性であると感じます。
「踊りに行くぜ!!」以降時々劇場でも踊りますが、基本は自分自身で踊る場所を探すところから始め、その場所のリサーチを基にして作る作風に変わっていきました。つまり、企画制作も行う。そうして自力で上演できる環境を作ろうと試みてきました。小さいながらも自分の納得できるものを作り続けていくことができるようにしたいと考えています。
この人生を振り返りながら踊りを作っていく手法は映像制作プロジェクトAmanogawaプロジェクトに生かされていて、一般の方へも公開しています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
2つの方向性があって1つは海外のアーティスト(もしくは民俗芸能)とのコラボレーション、もう一つは長期上演可能なレベルの作品制作です。
私自身はこの私小説ダンス路線で行くのであれば支援などを受けずに回っていく形を作っていくと思います。 しかしながら一般的な日本の若手ダンサーにとって何が今必要かといえば、まったく違う価値観の何ものかに出会うこととその中で今この世に必要なものは何かを突き詰めていく作業だと感じます。そのようなマッチングはプロデュースの人間が入らない限りは起こらない。個人活動が多いコンテンポラリーダンス業界の閉塞感はそこにあると思います。もしそういうことがJCDNに可能であればとても面白いと思います。
後者はなぜコンテンポラリーダンスが広まらないかということと結びついています。札幌演劇フェスは2週間以上の連続上演を行います。ロングランを行うことで、口コミやレビューにより来る人、リピーターといった広がりが生まれます。ただでさえ少ないコンテンポラリーの観客層では難しい(ダンスではKENTARO!!くんがかなり頑張って続けています)。そのためアート、音楽などの関連業界の人を巻き込む必要があります。それは個人がやっているレベルではどうにもならない。
コンテンポラリーダンスの観客層は友人や非常に限られた批評家(しかしレビュー媒体もない)であり、それを打破するべきと考えます。
鳥取では予算もないまま、即興をベースとして夏至祭(音楽もダンスもひっくるめて街中で開催する)という無謀なことをはじめました。コンテンポラリーダンスを知らない人を巻き込むためのたねまきです。まず多様な身体があることを知ってもらう、なんでもいいんだということを知ってもらうための試みでもあります。みんなで踊って楽しかったねというところまで下りないと難しいのが現状で、それでありながら自分のこれまでのスタイルで対応するのが民俗芸能と即興でした。他都市の場合はまた異なると思いますが、作品のレベル云々の前にあると私は捉えています。
あともう一点、これは「踊りに行くぜ!!」ではない範囲ですが、実はダンス情報の収集が地方にいるとかなり難しいということに気がつきました。チラシによる宣伝が主体の場合、劇場に通っている人には広がるが、外へと広まらない。全国の上演状況がわかるようなウェブサイトを始めたらかなり大きいのではないかと思いました。ちょっと空いた時にここでダンスが見られるというのがわかるようなもの。登録制にして各自に書き込んだりリンクを貼ってもらうという形にすると維持も比較的容易になると思います。

 

楠原竜也/振付家、ダンサー(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
・わずか一年間の参加ではありましたが、初めてで唯一のソロ作品をアドバイスいただきながら再構築できたことは、作品を深める貴重な機会になりました。
・また、自分からはなかなか公演することができないさまざまな地域の劇場で、新しい観客のみなさんの前で上演することができたことは、ダンスをより広めたいという意識をさらに高める機会になりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・2000年代に比べて、海外公演や海外でのプロジェクトに行く機会が減ってきているのではないかと思います。そのため、海外での公演や海外のアーティストとの共同作業のプログラムやサポートがあると、意欲ある若いアーティストが、現在よりもっとあたりまえのように国際交流しながら活動していくダンス界になるのではないでしょうか。

 

黒田育世/BATIK 主宰、振付家、ダンサー(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
再演の可能性を提示下さったこと。このことがカンパニーという存在にどれほどの力を与えて下さったか計り知れません。 舞踊は瞬間芸術かもしれませんが、その場限りのイベントだけに終始するものではありません。 舞踊作品も、様々な方面からお力を頂き築き上げる、文化財です。 舞踊作品は、再演を繰り返し、提出の形を変えながら、やっと、発揮すべき力の多様性を私たちに知らしめてくれる側面があります。 私どものカンパニーは、新作創作を重要視しながらも、この再演作品上演の多様性を駆動させながら、舞踊作品を文化財として大切に扱いたいと思っております。 一つ一つの作品を長く大切にする気持ちと責任感は、再演を可能にして下さる「踊りに行くぜ!!」のような機構があって守られている部分の大変多いことに気付かされます。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」に希望を託すことではないかも知れませんが、ダンスの劇場があったら幸せです。稽古場が無い、という状況から更に悪化して、発表する場もなくなって来ているので。

 

KENTARO!!/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
僕は参加して、力のある人達と並ぶことが出来て自分の作品やダンスについて考える機会になりましたし、康本さんに振り付けを踊ってもらえたり、そこで僕を知ってもらえたりした事が今でも財産になっています。今でもたまに「踊りに〜で見ました」と地方に行くと言われる事があります。ツアーをやる事が難しい中でかなり画期的な企画でしかも謝礼金をきちんともらえましたし、僕は感謝しかないです。スキルアップ出来ました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
僕は絶対的に20代前半を鍛えるべきだと思います。今の20代の作品はコンテンポラリーダンスを真似してるだけでオリジナリティがありませんし、このままではシーンが潰えてしまうとさえ感じます。お客さんも減っています。
売れている人を使うのなら最初の「踊りに行くぜ!!」の感じが貴重だし良いと思います。ある程度の評価がある人がクリエーションのサポートを受けることには少し疑問があります。それを共同で海外に売るのであれば良いと思いますが。もちろんアーティストが財政難なら仕方ないですが個人的には若手を育てるべきと感じます。ただその若手がいないのが現状です。募集でもきっとこないと思います。
なので、面白いものがあり作って見たいと思わせる初期のような企画を活かしながら、若手を年間通して修行させて育てるような2本あると良い気がしました。主観なので申し訳ないですが、僕としてもまた巡回公演とか機会があればしてみたいですし、育つ姿も見たいです。

 

國府田典明/國府田商店株式会社(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
作り手に第3者の目線が入る事で社会性や批評が入り、結果として作品の強さにつながる。この経験が結果として、その後の活動においても、思考作業において参考になったり、自信、一見ナーバスに感じる事も多様な目線として捉えられたりと、視野が広がる事につながっていると思う。
思考する事は、結局どんな仕事、行動においても重要で、売れればよい、その場が楽しめればよいというような、一時的な経験だけではなく、そのダンスをやった、見たという経験がその後の生き方の拠り所になるような事をやっていきたい。これはダンスに限らない。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
現代におけるパトロン(クラウドファンディング?企業?財人?)と作家をつなぐような仕組みがあるとよいと思う。文化事業として社会的な資金が投入される事ももちろんあってよいと思うが、作品は人の好き嫌いがあって当然の事なので、作家の事が好きになれるか、という極めて個人的な思いがつながるといいのかもしれない。支援方法は作家、パトロンそれぞれの事情に合わせた形で行われるという事でも良いと思う。

 

合田緑/yummydance、ダンサー、振付(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
自分自身で作品を創り、それを地元以外の場所で巡回上演する機会をもらえたことで、●作品を創るとはどういう過程を経るのかを知る●よりよい作品にしていくために毎回の上演でチャレンジをする機会を得る●批評の場にさらされる、各地で様々な感想を聞く機会によって自分のダンスがどのように人に届いていたのかを多様に知れる●各地域の環境、ダンス事情やアートシーンの現状を知り、考えさせられたり勇気づけられたり刺激を受けたりする●全国で活動している様々なアーティストとの出会い。様々な場所の関係者、地域で活動する多くの人々と知り合える。それがきっかけとなり、ネットワークが生まれたり、今後の新たな仕事をさせてもらえる機会が生まれる、など本当にたくさんの貴重な経験をさせて頂きました。
実際に「踊りに行くぜ!!」で作品を露出する機会をもらえ、そこから自分自身や自分の所属するダンスカンパニーの存在を知ってもらえ、全国での舞台の仕事やワークショップなど現在の仕事につながっています。踊る場所は、地元だけでなく日本全国だという意識を持って活動するきっかけやチャンスを頂ける経験は、とくに地方に住みながら活動する者にとっては、とても大きいことでした。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りにいくぜ!!」Ⅰの要素を含んだ巡回型公演プログラムの復活
コンテンポラリーダンスに関わる人口が、以前に比べて少なくなっているなと感じます。ダンスを習っている人は多いと思いますが、作品を自ら創り発表することで活動するアーティストの人口は以前に比べて減っているのではないかと感じます。とくに地方において。いえ地方も都会も関係なく、全体的に作品を創ろうとするアーティスト人口が減っている。
これからの新しい時代を担う世代の人たちにとって、ダンスを自分で創ってみよう、それを本気でどこかにぶつけてみようという機会は、とてつもなく大きな経験になります。また、大きな舞台のセレクション、助成は、すでにキャリアのある名の知れたアーティストがもらう機会が多いのが現状※で、まだキャリアの無い、でも野望はある、これからの人たちが(自主公演ではない機会で)、最初のセレクションを通過し、いろんな場所で作品上演を経験する機会は、いまの日本にはそんなにありません。以前に比べ少なくなっています(「踊1」は、その大切な部分を担い日本のダンスシーンを発展させてきた本当に大きな機会だったのだと、改めて思います。まだアーティストでない層や、そのボーダーラインにいる人材にアーティストの経験をさせる。そこから人が育つ)
今の日本のダンスでもっと盛んになればいいなと思うのは、ひとつは自ら本気で作品を創ろうとするアーティストの人口を増やすこと、その人たちが増えれば今よりもっと層が生まれる。その中から次代を担う新しい表現を生み出す人が出てくる、もっと面白い作品が出てくる。層が厚くなるとシーンは発展する、そう思います。 また、自分は現在いろいろな形でコミニュティーダンスの仕事にも関わらせてもらっているのですが、社会の中で様々な人々とダンスの楽しさを分かち合える素晴らしい現場を経験させてもらっています。心とカラダが豊かに人と人とをダンスでつなぐ、コミニュティーダンスの現場は大好きですし、面白いです。ダンスの魅力を体験してもらい楽しむ土壌をつくる大きな役割もあります。
しかし、ダンスを楽しむ、ことと、新しいダンスを切り開き挑戦する舞台活動との間には、ずっと同じ層ではなく違う段階があり、そこを越えていくボーダーがあるのも事実だと感じます。
今、日本にダンスを知りたいダンスにもっと深く関わりたいアーティストになりたいでもどうしようと思っているエネルギーに溢れた可能性いっぱいの若い層の人たちが一番沢山いるその場所は、そのボーダーを越える手前です。作品を創り発表するアーティストの活動をはじめるきっかけと勇気を探しているように思います。自分は「踊りに行くぜ!!」に参加させてもらうことで得た一番大きなものは「勇気」です。域外でも域内でも海外でもどこで踊っても、変わらないものがあることが分かりました それは踊りを創って行く行為そのものは自分次第で、志があればどこだって積み重ねられ出来るということ。そしてチャレンジできる場があることに勇気をもらう。頭では分かっていることですが実際に経験してみないと打ち破れない壁は多くの人にあります。きっかけが必要なのです。知れたら未来が続きます。
日本のダンス環境をつくってコンテンポラリーダンスの普及に大きな尽力をされてきた「踊りに行くぜ!!」のこれまでのすごさを改めて振り返り、関わらせていただいて、ぐるっと環境がめぐって、今のタイミングでまた改めて思うことは。
自ら作品を創り挑戦するアーティスト活動する人の人口を増やす。「踊1」の要素を持つ巡回形セレクション公演プログラムの復活があればよいなと思います。

(※キャリアのあるアーティストも舞台活動を継続してくのが厳しい時代だとも思います。また「踊2」は、より手厚い充実のサポート環境ですばらしいプログラムだと思います、その一方でそこに選ばれるためにはより「踊1」より厳しいセレクションがあり、当然ですが結果、キャリアのある強いアーティストが選ばれる確率が高くなり、多くの人は参加出来ない狭き門でもあります。)

つらつらととりとめも長くすみません。偏っていると思いますが、いろいろ思うことを書きました。

 

合田有紀/ダンサー(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
○「踊りに行くぜ!!」に参加して得たこと
様々な土地、人と出会えたこと。
もし「踊りに行くぜ!!」に参加していなければ、自分は京都に出て行くこともなかっただろうし、外と繋がる開けた価値観を持つこともなかった。松山で「踊りに行くぜ!!」がなかったら田舎の価値観から抜け出せず、終いにはダンスをやめていたと思います。
○今の活動にどのように生かされているか
外と繋がる開けた価値観を持ち続けたいと思い、少しですが企画を実施しました。プロジェクトに関わったり、作品を通して人と出会うこと、ダンスはこれが一番楽しいということを学び、JCDNの皆様がそうであるように、自分からやりたいことを積極的に実現する。自分もそのように活動していきたいと思って、少しですが行動に移すことができました。
ダンスを通して人との出会いに喜びを感じています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンサー育成プログラムを是非やってほしいです。
優れたダンス作品には、優れたダンサーが不可欠だと思っています。
もちろん日本にも優れたダンサーがいます。ですがまだ少ないように思います。多くの素晴らしいダンサーがいて初めてそこから優れた演出家が出ると思っています。
作品を作ることと同じように踊ることが大事。 ダンサーが食っていく環境があることも大事だとは思いますが、個人の問題でもあるので、ダンサー1人1人が自分でお金を生み出す発明をしないといけないと思います。
どうか、そのことを背負いこみすぎず、大きな流れをこれからも作っていってください。
文章が下手ですみません。

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坂本公成/ダンスカンパニーMonochrome Circus 主宰(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
’06年『怪物』’07年『きざはし』’11年『それから六千五百年地球は寝ているだろう』という作品で参加させて頂きました。どの作品も幾つかの会場で上演することによってブラッシュ・アップされていき作品のクオリティーが磨かれていきました。
この「作品を再演を重ね執拗にブラッシュ・アップ」して行く姿勢というのは、「踊りに行くぜ!!」に実際に参加することによってより強固となり現在のカンパニーのレパートリーを構成して行く一助となりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
地方でのコンテンポラリー・ダンスの状況を見ると沈滞・下降しているように見受けられるので、インディペンデントなダンス・シーンが活性化するような施策が必要に思っています。具体的には「踊りにいくぜ!!」Ⅰのイメージに近いプログラムです。それに加えてご当地でのWSやアウトリーチが準備されているというのはどうでしょうか?

 

佐々木治己/劇作家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
20年ほど前から舞踏・演劇に関わってきていましたが、演劇特に劇作、制作を中心に活動するようになり、舞踏、コンテンポラリーダンスに関わることが減っていました。それは、舞踏などは不特定多数に見られることが少ないことから、できるだけ広く活動の場を求めているときにはジャンルとしてそぐわないと判断したからです。つまり、好事家のための芸術になってしまっているのではないか? という疑問があったからです。
しかし、「踊りに行くぜ!!」に参加し、東京だけでなく数カ所の地域に巡回することで、舞踏やコンテンポラリーダンスが本来持っていた可能性、つまり、どのようにやっても、どのように見ても良いという創造的な芸術の可能性を改めて感じることができました。
その後、私自身が踊ることはありませんが、演劇の演出家、劇作家、観客などに、ダンスを見に行ってはどうか、関わってみてはどうかと、すすめるときに「踊りに行くぜ!!」はとてもいい企画だと思います。可能性というのは、評価するのが難しいものです。しかし、その可能性を常に開いているのが「踊りに行くぜ!!」だと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」Ⅱのような新作作りは必要なことだと思います。そして、水野さんの介入もいままで通り必要なことだと思います。もし、考える必要があるとすれば、どのように公募するのかというのがあると思いますが、まず、10人程度の振付家、演出家を集めて、ブレーンストーミングをやってみたりして、そこから作品案をプレゼンさせ、選ぶなどしてみてはいかがでしょうか?

 

佐成哲夫/振付家、ダンサー(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
Bプロを通じ地方のコンテンポラリーダンスにおける厳しい現状を実感しました。
そんな地域にダンスを浸透していきたいと思うようになりました。潜在的にダンスが好きな人たちは、どこにでもいると思います。ただダンスに出会えてないのでしょう。きっかけを作ることの重要性を感じました。
また地方で眠っている魅力や能力がある人たちと出会うことは、お互いにとって新鮮で興味深く、作品の創作に、それぞれの生き方に新たな視点をもたらしてくれます。今後も地方でのダンス、アートの活性化のために積極的に関わって行きたい思いです。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
僕は、現状のAプロ、Bプロ、Cプロの枠組みはとてもいい構成だと思っています。作品製作のために必要とする充分なサポートもあります。
個人的にはBプロの他地域での公演もしたいと思いました。
また、僕が参加した仙台でいうなら、本公演に向けて、例えばメディアテークなどのオープンスペースで、「踊りに行くぜ!!」参加者によるショートピースのダンスの紹介、BプロWSショーイングなど気軽にダンスに触れられる場を提供することもいいのではないかと思う。コンテンポラリーダンスを知らない人たちとの接点を生み出すことが重要だと思いますので。

 

渋谷陽菜/ダンサー(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
地方出身のダンサーからしてみれば、「踊りに行くぜ!!」のように全国巡回できる企画で、同じダンサーや作家、制作者、テクニカルと知り合い、作品を通して一緒に仕事をするという事自体、とても貴重な機会でした。まさに、井の中の蛙状態で踊っていた自分自身を良い意味でも悪い意味でも、知れた企画です。
「踊りに行くぜ!!」をきっかけに京都に移住し、ダンサーとしてはもちろん、作品を作る事も始め、同年代の仲間も得る事ができ、活動の幅は広がりました。また、全国巡回できた事で他の作家とも知り合い、次のプロジェクトにも繋がりました。あの時の経験がその後何年も自分の中で、影響し続けている事は紛れもない事実です。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
若手作家のサポートにメンターがつくプログラムと、もう若手とは言えないキャリアの作家が新しい試みを試すプログラムが必要に思います。(もう試されていると思いますがはっきりと公募の段階で分けて募集が良いかと思います)
また、小劇場がなくなりつつある事も考えると、キャパ50〜100人規模の小劇場でもっと実験的に作品作りをし、コンパクトながらも作家が創作しやすい規模で行う事により、あまり経験のない作家も参加しやすくなるのではないかと思います。

 

砂連尾理/振付家、ダンサー(大阪)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
①「踊りに行くぜ!!」に参加する過程でJCDNスタッフである佐東氏、水野氏との出会い、対話がプロフェッショナルとして作品を作るとはどういうことか、その意味、意義を考えるきっかけとなりその考え方は現在活動していく上でも一つの指針となっている。

②「踊りに行くぜ!!」に参加することで一つの作品を繰り返し創り込むことやワークインプログレスの重要性に気づくこととなり、その気づきは現在の私の創作する上での方法論の一つとしていかされている。

③「踊りに行くぜ!!」参加アーティストの踊りに触れる中で様々な刺激を受け、新たな演出、振付を考えていくきっかけとなり、ダンスに対する知見が深まった。

④「踊りに行くぜ!!」を観にきていた主に東京を中心に活動しているダンス批評家との出会い、交流によってそれまでのローカルな視点からの脱却が図られ、それ以降、ダンスに於けるいわゆるグローバルスタンダード(良くも悪くも)な視点を意識し始めるようになった。

⑤「踊りに行くぜ!!」に関わっていた全国各地のホールプロデューサーや舞台関係者と出会うことが出来、「踊りに行くぜ!!」を通して彼等との交流や関係が広がった。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
コンテンポラリーダンスは多様性をテーゼとして発展してきたので、その効用は舞台に留まらず教育や医療、福祉分野のほか、近年、分断されてきたコミュニティーを繋ぐ役割を担う活動まで広がったように思います。また、震災以降は特に「習いに行くぜ!!」に見られるような伝統芸能との協働など、時代に応じた変化だけでなく、コンテンポラリーダンスの側面からこれからの町づくり、コミュニティーに対する新たな問題提起なども行っているように感じます。
コンテンポラリーダンスが社会の様々な分野で広がりをみせている一方で舞台としてのコンテンポラリーダンスの役割が舞台人としても確かに見えづらくなっているように感じます。「踊りに行くぜ!!」Ⅰは日本に於けるコンテンポラリーダンスの種まき、育成など公共ホールを巻き込みインフラ整備を整えた画期的な事業だったと思います。そのムーブメントが日本全体に広がりその段階が終了し始まった「踊りに行くぜ!!」Ⅱ、そのほとんどを拝見していないのでそこでの問題はよく分かっていません。ただ、印象だけで語るとしたら「踊2」のコンセプトは良質な舞台作品を目指していたのかなという印象を持っていました。(もちろん「踊1」の若手育成部分も一部残しているのは存じております。)
「踊1」の多様なダンスの豊かさの発見と育成、それを様々な場所へ広げ繋いでいく段階から「踊2」の強度ある良質な舞台作品、またそこを担う人材の発掘及び育成段階への移行は真っ当な進み方であるものの、「踊1」から「踊2」への変化以上に社会そのもののパラダイムが変化し、舞台芸術に限らずアートそのものの価値や意味が随分と変化してきているのかもしれません。
そういった状況での「踊りに行くぜ!!」Ⅲへの移行、そこで望むプログラム、サポートを考えることは現在の舞台芸術としてのコンテンポラリーダンスが抱える問題を考えることとも重なるので、このサポートをといったポイントは模索中であるというのが正直な意見です。ただ、その中で敢えて挙げるとしたら日本という文脈だけに囚われない、例えば、ベルリンのTanz im AugustやウィーンのImPuls Tanz、また欧米に限らないダンスフェスティバルに参加しながら様々なダンス作品を見たり、舞台人との交流を行いながら自身のダンスに対する知見をより深めるようなプログラムがあったら嬉しいなと思ったりします。「踊1」で行っていたようなネットワーク化を世界に広げ、「踊2」で行っていたような作品制作を世界の様々な舞台人と交流しながら(コラボレーションではなく)考え創作し作品発表していく、そんな循環を個人的には夢見てしまいます。

 

白井麻子/大阪体育大学准教授(大阪)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、自主公演とは違い、アーティストとして作品を出品するという意識が生まれた。ダンサーというより、作家としての意識が強くなった。また、様々な地域の劇場で再演する経験は、ディレクターと協働で作品を作り上げる、踊りこむ、手直しをするということを通して、より専門的な舞台芸術について学ぶことができ、現在の創作活動や、指導に十分に生かされている。
地方の劇場でダンスプログラムを上演することは、現在のコミュニティダンスの活動に大きく役立っている。 一緒に参加したアーティストからも大きな刺激を受けた。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
地方の劇場を活性化させるプログラムは、継続させてほしい。「踊りに行くぜ!!」Ⅰのような、公募で作品を募り、上演できるプログラムはとても良かったと思う。
エジンバラのフリンジフェスティバルのようなものがあれば、作品を発表する側も、観客も見やすいのではないかと考える。互いに、作品を発表し、鑑賞しあうことができる企画など。

 

菅原さちゑ/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
ダンサーとして、作家として、何かを生み出して形にして観客に見せる事の自分の中の意義を厳しく問いただすきっかけとなりました。それは作品を作る時だけに関わらず常日頃から意識する、意識していかざるを得ない様になりました。
そして、私は元々大勢の中が苦手で、なおかつ多くの批評を受け入れるのが非常に怖かったですが、自分の思考を切り替えて行った事で多くの人が関わる現場に携わる際の態度や心の持ち方に今でも生かされています。先日も約2ヶ月間セネガルにダンスのWSを受けに行っていたのですが、そこで45人の参加者と講師とスタッフ達との関係の築いて行く時にも「踊りに行くぜ!!」で経験した事を思い出しました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
個の主張も大事ですが、その「個」の要素の一つとして日本人としての体や思考を知る事でより「個」としての濃さも増してそれが今後の日本のダンスの広がりに繋がる気がします。そこを探求するプログラムなどあったら興味深いと思います。

 

鈴木ユキオ/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私が参加したのは、 Ko&edge として室伏鴻さんの振り付け作品での参加と自身のカンパニー、そしてヴァイオリンの辺見康孝さんとのデュオの参加で経験させてもらいました。2007年から2009年あたりの事で、2000年あたりから色々な形の作品が次々出てくる時期で作品を見にいくことがワクワクする時代でもあったと思います。どんなことが起こるのか、どんな作品に会えるのかというような、今まで見たことのないものに出会えるかもしれないという期待で僕自身舞台を見にいくことも楽しみでした。
そして自分の作品に関しても人と全く違う作品を試みてきました。僕の解釈ですが、当時はコンテンポラリーダンスというのは、『今までの価値観に当てはまらない何か』『今までのカテゴライズでは捉えられないもの』という認識を持っていました。
そしてそのようなまだ評価が定まりきれていない作品を色々なところで公演できるということはとても貴重なことでした、なぜならそれほど人に受けると思っていない作風、いわゆる一般的に思われているダンスとは違ったダンス作品でも、上演機会をいただきそれぞれの開催場所で色々なフィードバックをもらえる事は作品の強度を上げていく上でとても助けられたからです。一つの作品を長く踊ることで自分の考えが深まっていったと思います。 今思い返すと、そのような時期に「踊りに行くぜ!!」に参加できたことは賛否両論だった自身のダンスを今後も続けていくという自覚をつけさせてくれたのかなと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
今コンテンポラリーダンスという名前が一般的にかなり浸透してきていますし、ジャンルとして確立されてきたのかなと感じます。いわゆる目新しさ、既成のダンスに抗ってきた人たちが多かった時期も過ぎ、あるいはそれらが一般的になってきている中、TV,CM,PVなどでも当たり前のようにコンテンポラリーダンスの振付家が出てきている多様な中での今後というのはとても難しい問題だなと感じます。何を持ってコンテンポラリーというのかというものが、当たり前ですが時代によっても、ダンサーのバックグラウンドによってもその都度変わってきています。今は、人によってかなりコンテンポラリーダンスの捉え方が違う、幅広い状況なのではないかなと思います。 そうは言っても多くのダンサー、振付家は苦労して創作活動をしている状況だと思うのでリハーサルの場所、発表の場所があるというのはとても有意義だと思います。
その中で、例えば広く全般的に多くの人にチャンスを与える事も一つだと思いますが、求めるダンスをはっきり打ち出しどういうアーティスト、どういう方向性のものをサポートするのかという事をクリアに打ち出す事もいいのかなとも思います。そうすることでそのアーティストにあったサポートのやり方が決まってくるのかもしれないなと思います。誰がどのような方向性のものをセレクトしているのかをクリアにしすることで観にいく人も何を観たいかがはっきり分かった上で観にいくのが良いのかなと思います。より多くの人に色々なものを観てもらう時期から、ある程度定着した今、企画側がもう一つ踏み込んで方向性を絞るのが良いような気がします。誰が選ぶのかというのは、毎回変わっていくのか、固定していくのかなど考えなければいけませんが、方向性をもう少し絞ることで応募する人にとってもお客さんにとっても良い結果になるのかなと思います。
その上で、新しい人たちを育て発掘するようなプログラムでもあって欲しいし、中堅、ベテランの人たちがチャレンジする機会でもあるといいなと思います。見本市などで発表する機会があったりするのもいいかもしれないですね。日本にいて日本のお客さんばかりに見てもらうのではなく、もっといろんな人に見てもらうことによって、作品に対する意識も変わってくることもあるかと思います。僕の経験ですが、海外に行き始めてやっと海外と日本のダンスシーンの違いなどがわかるようになって、そこからもう一度ダンスというものを考え直した、とらえ直したという経験があります。もちろんドメスティックに閉じることでむしろ世界に通用するものもありますし、若い人の場合は特に自然と同時代性を孕むものも多いので何がその人にとって良いのかというのはとても難しいのですが、そのような機会があると作り手の意識もより変化してくるのかなと思います。

 

隅地茉歩/セレノグラフィカ 代表(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」Ⅰでは、横浜、松山、仙台、福井、広島各地を回らせて頂いた。異なる土地での複数回の本番上演を経て、観客の皆さんの反応やスタッフの方々のアドバイスを作品の磨き上げに反映させていけたことは、ダンス作品が生き物であり、けして閉じたものではなく、成長させ続けられるのだという、振付家としての創作活動の根幹を支える確信につながっている。ここ数年の、各地の劇場での作品創作や再演の活動にも、この時に得た感覚は直結している。
また、「踊りに行くぜ!!」Ⅱは、札幌でレジデンスを行って現地出演者との創作を経験。
デュエットという、自分自身のダンスアーティストとしての一貫したテーマを、地元を拠点にダンス活動を続ける熱心なダンサーたちとの共同作業により追求できたことは、他者との舞踊言語の交換という非常に濃密な体験であった。しかもそれを地域に還元していけるという意義を肌で感じ、その後の活動、特に現地出演者参加作品の創作への継続した熱意につながっている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
創作された作品が何らかの形でロングランされることを支えるサポートがあればありがたいと思う。作品が創作されることに投入される甚大なエネルギーに比して、それが上演される回数、および作品を鑑賞することのできる観客数が増えていくという良い意味でのバランスが成立すれば素晴らしいのではないだろうか。「踊りに行くぜ!!」で創作された作品を順繰りにロングランする専用劇場(専用期間の設定)の存在や、定期的に観客アンケートを実施してプログラムを決定していくなど、ダンスを作る側とつなぐ側、見る側の意思疎通が図りやすい環境がより整うことを希望する。

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①アーティスト(た〜)

 

田村興一郎/振付作家、ダンサー(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」Ⅱ vol.7京都公演に参加させていただき、京都を拠点とするたくさんのアーティストまたは評論家の方に観て頂けたことで、振付家としての自分の名前が知れ渡ったことが大きな収穫です。また関東で活動する際も「踊2」に出演した経歴は若手振付家としてたくさんの方に注目してもらえました。セカンドで最後の上演に携われたことは誇りです。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
コンテンポラリーダンスの新作発表、ワークインプログレスを定期的に巡回して行える中劇場とその専属プログラムが関西にあったら大きいと思います。(東京は神楽坂セッションハウスなど)関東の若手は特にそういった関東圏外のサポートプログラムを徹底して探しているので、低コストで上手いこと回すことが出来れば可能だと感じます(ノーギャラでも来る人は告知次第でたくさんいます)。関東のコンテンポラリーダンス界は関西を無知なのが、滞る原因ではないかと考えています。よって関東の勢いがもっと関西へアプローチをかければ、更に全国的にダンスの勢いが増すと思います。

 

辻田暁/ダンサー、振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
2015年「踊りに行くぜ!!」に参加させていただき、地方で作品を作る楽しさ、東京で作品を作る息苦しさ、仲間たちと共に生活をして作ることで、生まれる作品がどんどんと変化していく面白さに気づかされました。この気づきは今すぐに自分の活動に反映されてはいませんが、これまで自分が考えていた創作活動のやり方を大きく揺さぶられたと思っております。今後、創作についてどういった活動をするのか、生かしていきたいと考えています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
日本にいると、身体で表現することの限界を感じざるを得ないような閉塞感に苛まれることがあります。例えば、こうしないと人は観てくれないのではないか、受け入れられないのではないか、売れないのではないか、需要がないのではないか、というようなものです。
しかし、私自身は身体で表現することの可能性は多いにあるはずだと信じており、前述のような閉塞感に取り込まれてしまい、身動きが取れなくなるような状況に抗いたいと常日頃から考えています。
だから、「踊りに行くぜ!!」Ⅲでは、そのような閉塞感を打破し、表現者の価値観が拡がるような企画、サポートがあればなぁと思います。
例えば、色んな国の人との企画に参加したいです。日本以外の人と交流することで日本のことを再発見できる機会があれば嬉しいですし、そのことを通して、今後もっと自分の身体を発見することができるのではないかと考えています。 表現者の世界が拡がるような機会が欲しいと願っております。

 

寺田みさこ/ダンサー、振付家(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は当時「ジャレミサ」として、数年にわたり「踊りに行くぜ!!」に参加させていただき、北は青森から南は沖縄まで全国津々浦々、数え切れないほどの作品上演の機会をいただきました。この経験から得たことは数々ありますが、一つ取り上げるとすれば、<他者としての観客>を明確に認識できたことかと思います。作品が他者の目に晒されることによって起こる喜びや痛みの体験の中で、作品そのものが成長していく過程を経験することができたと思います。
観客が他者である、ということは、一見当たり前のことのようですが、<ダンス=お稽古事>として発表会文化に回収されてしまいがちなこの国の現状の中では、意外とそのことを認識するのは難しく、本人が自覚しないままに作品が閉じて行く傾向があると思います。作品を構想する時に、自分自身とは一切の前提を共有していない他者を観客として想定することは、未だに難しいことと思っていますが、もし過去にこのような機会を持てず、他者のいない身内だけの世界に生き続けていたとしたらならば、それはとても恐ろしいことだと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」Ⅲ(サード)とは結びつかないかもしれませんが、ダンスの学校が必要ではないかと思います。

 

得居幸/yummydance、Hanbun.co(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
この機会に教えていただいた頃は数え切れないほどありますが、いくつか挙げさせていただくと、
●地元以外の地方で踊る機会は、「踊りに行くぜ!!」がなければ、自分たちだけでは到底時間のかかることでした。今もなお、繋がってきた方達との交流や情報交換が、現在の仕事に結び付いていることが沢山あります。

●作品をブラッシュアップして再演をさせていただくことで、作品を作るということがどういうことなのか、他のアーティストが何を思いもしくはアイデアソースとして作品を立ち上げているのかなど、いただいた沢山の刺激や驚きは、今も踊り続けるエネルギーの燃料となっています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
●企画側の大変さを考えず(笑)本当に勝手に意見を書かせていただくと、上演時期が固定されていると、すでに仕事が決まっているともうその年度は参加できないということが続きましたので、もう少しそこがフレキシブルになれば参加しやすい。

●制作期間を半年から1年、残りの半年から翌年に上演といった長期的な作品作りと準備ができれば嬉しいです。(実際ダンスだけを作って生活できている方はわずか。3ヶ月で作品を作って…と言われても、その間日常の仕事や生活はなくならず、稽古に使える時間も限られている。滞在制作で1週間まるまる空けるのさえ人によっては難しい。特にカンパニーでしていると全員の仕事の調整などが極めて難しいと感じる。)

●子どもが参加する舞台を、長期的なスパンで制作する。短期で制作する機会はありますが、長期で子ども達と関わることで、ものを作ることの根本を一緒にシェアでき、その後の、子どもたちの「踊ること」や「創作すること」に対する情熱が続くのではないか。未来のアーティストの芽を作っていくことに、丁寧に時間をかける。

 

中西レモン/アーティスト(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は現在、基本的には舞台でのダンス活動を主な活動とするものではありません。
ですが、出演者として参加させてもらって以降、各地でダンスに関わっておいでの方々と出会わせていただき、その後、新たな活動の機会を得るなど、この企画の地方巡回の上で初めて育ったであろう展開の面白さを味わっているところです。そういう地道な交流が生まれ得るのだということを身をもって感じております。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
創作プログラムに関して、すでに貴団体で取り組んでこられておいでの複数のプログラムがあります。コンテンポラリーダンス自体にやや伸び悩みが生じている現在的状況においては、おそらく粘り強くこれまでのような活動への継続が必要なのかもしれません。それがコンテンポラリーダンスに関しての日本での中心的制作機関であるうえでの一つの使命でもあるように思われるからです。
未来についてですが、一つ願っているのは、JCDN以外に同等のコンテンポラリーダンスをメインに据えた制作と助成を行う団体として、それなりの特色と規模を備えた活動が別に現れた場合、どのような競争が現れるようになるのかを見てみたい、という点がひとつ。これは事業規模がある程度近い企画を行う団体が複数化する点で、少なくともシーンに色気が出る気もします。
もう一つ、これは独立運営が難しいように思いますが、ダンスに関するリテラルな空間の確保も現在十分ではないように思われます。アーカイブ事業での動きも既にありますが、歴史、資料といったものに触れうる機会がことごとく乏しいように思います。というよりも、現行のコンテンポラリーダンス自体、その従事者にとってはあまりそういう部分に必要性を見出さないでいられるジャンルなのかもしれません。しかし、ダンス作品は自分の身体能力のみで構成されるようにも思えません。作品としてあるからには様々な問題とむきあいつつ身振りの必然性を、表現の必然性をさぐることになるはずです。こう書きますとまったくもって言わずもがななことではありますが、作ろうとする作品や表現としての歴史的意義など、それらを遂行する上でのてがかりが、おそらくは歴史や資料などからも得られるのではないかと思われます。そして、これは夢に燃えた若い人にはもちろん、それが落ち着いて表現としての円熟味を探っていく時期に入ってゆく人々により必要な空間となるように思うのですが。
ダンス企画に関するアイデアにはなっておりませんが、思いつくことのみ。

 

乗松薫/太めパフォーマンス(福岡)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私たちが参加したのは福岡の地元枠での出演でしたが、イムズホールという天神のど真ん中のホールで最高のテクニカルスタッフのサポートのもと作品を上演出来たことで、福岡での「太めパフォーマンス」(自身のカンパニー)の認知度を上げるきっかけになりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
様々な業界の方とのお見合いのようなプログラム。例えばフェスティバルディレクター・ホテルやクルーズなどのステージデザイナー・映像クリエイター・音楽家・演劇など他ジャンルの演出家・企業広報関係者など ダンサーやコレオグラファーが継続的に活動できる環境を作り、ダンスを職業として確立できるようなプログラムがあるといいなと思います。
「踊りに行くぜ!!」Ⅱにもあった作品のツアーができるのも知らない土地で自分の作品を試せるいい機会であるし、自分の活動の幅を広げるきっかけになりうると思います。付け加えられるなら、作品の感想を多ジャンルの方からいただく機会の創出と今後につながる強制的な出会い(上に記したような)があると尚良い企画になるのではと考えました。
また、数ヶ月単位のワークショップ開催によるその土地のダンサーのテクニックの向上を図る企画があればいいなと思います。ほとんどのワークショップは体験や発見で終わってしまうので、自分のものになるまでもしくはそのスキルのトレーニング方法が取得できるまで付き合ってくれるワークショップが存在してほしい。
出演の機会ももちろん、アンケートを答える機会をいただいたこと感謝申し上げます。踊りに行くぜの益々のご発展をお祈りいたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

平井優子/ダンサー・振付家(京都)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」Ⅱ Vol.6に参加させていただき、札幌、松山、福岡、仙台、東京の巡回公演とありました。それぞれの町がそれぞれの個性を持っていて、少なからず地域の文化事情にも反映されているだろうしダンスというものを通して各地域の人々と出会うことができ、垣間見ることができたのは嬉しい。
さらに劇場ホールの環境の違いやその周辺の文化的な状況からも鑑賞者との距離やパフォーマンスの方法について、色々考えることができた。
今後の自分の活動に活かされるだろうと思う。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
対話をともなう鑑賞

 

福留麻里/ダンサー・振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は、新鋪美佳さんとのダンスデュオ「ほうほう堂」で、「踊りに行くぜ!!」Ⅰや、アジアツアーに複数回参加しました。
「踊りに行くぜ!!」に参加していた頃、ほうほう堂は20代の中盤〜後半で、自分自身も今よりももっと幼く、必死すぎてあんまり気がつかなかったのですが、あの時、同じ時代に色々な地域で活動するダンサーの方々の作品やリハーサル、その時に発する言葉に触れたり、たわいないことも含めてたくさん話したり、色々な土地や劇場、スタッフさん、観客の方々に接しながら作品を上演していった経験は、ダンサー同士の横のつながりやスタッフさんとの出会いを含めて、ダンス活動の基礎を作ってくれたと思います。
中でも、様々な規模の劇場で、同じ作品を上演する機会を重ねれたことは大きかったです。様々な厳しい意見にくじけそうになったり、反発心が生まれたりもしましたが、そのことも含めて、悩み、考え、スタッフさんとやりとりしながら環境の変化に対応して行くことと、環境が変わってもブレない作品の本質的な部分を見つけ、作品を成長させて行くことの訓練になりました。
また、自分たちを知らない色々な地域での上演で、その土地ごとにお客さんの反応が違ったり、受け取る感想も違ったりすることで、日本の中で、アジアの中での、コンテンポラリーダンスというものの受け取られ方(それは、まだとても発展途上のものであるということや、海外に行くと舞踏と比べられることなど)を、肌で感じることが出来ました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
20代の作家、3名くらい(?)が、2年間くらいかけて様々な角度で考えたり、学んだり、作ったり発表したりするプログラム。
ダンスをダンスの中だけで考えるのではなくて、現代美術や、音楽、パフォーマンスアート、演劇などとも比較してみたり(一緒にみんなで見にいって意見交換したりする)、伝統芸能とか(「習いに行くぜ!!」のように旅しながら学ぶ)、批評のあり方、制作や金銭面のことなども含めて、学んだり、考えたり、ただ見たり、とことん話し合ったりしながら、今、現在においてのダンスや、価値観ついて考える。
そのことと並行して、作品も作って、小さい規模でもいいので、何回か発表したり(発表のあり方も含めて考える)、色々な人に見てもらったり、意見交換したりすることを2年間の中で継続的に行う。
10年後、もっと先にもダンスで生きていく人を作るようなプログラムを考える。

 

星加昌紀/振付家・ダンサー(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
◯アーティストとしての自覚がはっきりと持てるようになった。
振付家として、チラシ等に名前が載ったり、作品を上演するに向けて、制作者や、照明音響といった、劇場関係者と接する機会が良い経験に繫がった。地方だと、規模の大きい公共ホールしかなく、小スペースでの上演経験は自主公演をする際の糧となっている。
◯振付家との出会いが多く、まだまだ浸透してないコンテンポラリーダンスの世界において、作品を創っている人がこんなにも居るという事は励みになる。そこで出会った振付家と次の公演機会が持てたり、そういう人達の新作公演の情報が気になるようになった。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
◯巡回型の公演形態の復活が望ましい。
◯ダンスが盛んな地域とそうでない地域の、情報格差がまだまだ顕著である。「踊りに行くぜ!!」を観た事が無い、名前自体知らない人が、まだまだ多い。SNSのようなものが無かった頃の巡回型の「踊りに行くぜ!!」がもし今の時代ならどう広がって行くのかに興味がある。
◯ダンスは踊る方が楽しいのか?、観る方が楽しいのか?その両方を経験できる機会がどんどん減っている、一般的なダンスのどんどん新しいモノが出てきてる量の多さと、スピードの速さ。動画サイトの普及がもたらしている、良い面悪い面は、ダンスを観る上で、やる上で、反比例している。賛否はあると思うがコンテンポラリーダンス作品を観る機会がないから、それを観て触発され、やり出す人がいない。コンテンポラリーダンスのWS等、体験する場所が減り、どうやって動きやアイディアが生まれるか知る機会が無くなっている。自分で生み出すのだが、観る事、踊る事を頻繁に体験、より身近な日常のスケジュールのなかに浸透しないと定着しないのでは、、、
◯これは、さんざん議論されていると思うが、観るためのチケット料金、WS等の受講料をもっと、観やすく、体験し易い価格にした方が良いのでは、そういったサポートの仕方。
◯音楽はアルバムではなく、1曲単位で買える時代、音楽を買わない時代になってきている。その一方で、アナログレコードやカセットといった、本当の音楽好きによる、再発見される市場の開拓。大規模な音楽フェスとインディペンドな小規模のライブの台頭。
音楽は買わなくなったが、参加する、体験するものとして変わりつつある。モノではなくコトへ。
色んな作品を観れ、色んなWSに参加できるようなセットのプログラム。
◯コンテンポラリーダンスの講義。創る側からあるいは、見る側から、全員参加型の座談会。アフタートークではなく。 まとまってませんが書いてみました。

 

三好絵美/振付家・ダンサー(ドイツ)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
私は松山で活動していた頃、踊りに行くぜで JCDN の皆さんに大変お世話になりました。 まだ、右も左もわからない小娘に、振付について、舞台美術、照明について、クリエイターとしての姿勢など、本当にたくさんのことを教えていただいたと思います。「踊りに行くぜ!!」の面白いところは、やはり、これまでのキャリア関係なく、地方にいる若手が、制作者と一緒に日本各地を巡業して、様々な街、劇場で再演を繰り返し、共演する幅広いキャリアの方々と舞台を共にしながら、作品を、そして作者自身のスキルを磨いていくことができる、ということに尽きるとおもいます。ここで得た経験は、私自身、何事にも変えることのできない、貴重なものとなりました。私はその後、ドイツのダンスカンパニーで数年働いたあと、今はフリーの振付家として、ドイツ州の助成を受け、定期的にダンスプロダクションを作らせていただいてますが、この「踊りに行くぜ!!」で得た経験は、今でもまだ本当に役に立っていて、舞台の様々なイロハを叩き込んでくださった JCDN の方々には、本当に感謝しています。 そもそも都心中心に偏りがちなカルチャーシーンですが、地方それぞれの特色や、そこに隠れている原石みたいなものをうまく拾い上げて、中心と地方の道を作ってくださってるJCDN の活動は、これからの日本の未来になくてはならないものだと、強く感じます。ドイツ、ヨーロッパでも、最近、地方都市をつなぐネットワークが非常に盛んになって います。しかし、それはアーティスト同士だけでは成り立たない。劇場や市のサポートやそのネットワークを取り仕切るエキスパートがいないと、必ず成り立たない。 今、自分でも、今住んでいる地元のダンスシーンをどう盛り上げていくか、ネットワー クをどう繋げていけばいいのか?と考えている段階で、そこでも「踊りに行くぜ!!」で、経験したことが、とても役に立っています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
私の今住んでいるドイツの街でも、若手の振付家、ダンサーたちが助成金をなかなかもらえない状況のなかで、どうやってスキルを向上させて、上演する機会をふやしたり、ネットワークを広げることができるかという課題に向き合っています。今年、私たちはごく少ない予算で、若手振付家のメンタリング、コーチングプログラムをプロデュースしました。このプログラムは、もう今はないのですが、私自身が2008年にドイツの州から奨学金をいただいて参加したスイス、チューリッヒでの振付家コーチングプログラムから構想を得ています。若手振付家にとって予算がないということは、リハーサル時間もあまり取れないので、いかに効率よく短期間で、ダンサーを使い、稽古場を使い作品の質を下げずに舞台にあげれるかということが大事になります。このプログラムでは振付家がメンターから1日に2つから3つのタスクを渡されて、ダンサーを使ってほんの数時間で作品をつくりショーイングし、メンターからフィードバックをもらうというトレーニングを1週間から2週間続けます。振付家にとっては、とてもハードなトレーニングですが、短時間で、アイデアをすぐ形にするためのスキルが磨かれ、自分の立ち位置をよく理解し、なにが今の自分に必要なのか、自分のどういうところが特別なのかを知るいい機会になります。ダンサーにとっては、若手の振付家のクリエイションに触れられる、そして、瞬時に振付家の意図を理解して、動きに変換していくスキルが鍛えられます。そういった、創作への瞬発力みたいなものをサポートするプログラムが日本にもあってもいいのかなとおもいました。 あとは、今、ドイツで始まった面白いプログラムとしては、専属のアンサンブルやダンスカンパニーをもたない客演中心の劇場のキュレーターと、フリーランスベースで活動しているダンスアンサンブル、カンパニーが一同に会し、ダンス上演、劇場プレゼンテーションを行い、両者の同意が得られると、数年間の専属上演契約がもらえる。というものです。日本にも地方に行けば、たくさん貸劇場はあるのに、高すぎて、公演できないとか、集客が追いつかないなど、いろんな問題があると思いますが、アーティストのスキルアップと同時に、自分にあったハコを見つけるという意味でも、日本の場合、劇場だけじゃなくて、カフェや空き家、ギャラリーなどの店主さんたちも気軽に参加できるような、見本市を各地で開催するとか、、、都心、地方を問わず、ダンスを上演する機会がなかなか 少なくなっていく今、コンテンポラリーダンスというものが、世間に認められ、商業ベースだけでなく、それぞれの多様性を重視できるアートに対して開かれた社会になっていくといいなと望みます。

 

村山華子/アーティスト(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊に行くぜ!!」Ⅱで、私が挑戦したのは、もともとの専門である、映像や美術的造形の面白さと、ダンスの面白さを掛け合わせた舞台作品をつくるということでした。

JCDN、一緒に参加したダンサー、スタッフや劇場の方々の大きな協力を得て、私の挑戦は、舞台作品として形になりました。
ツアー先では、人々の正直な歪みのないリアクション・感想を得ることができ、一連の経験は、他では得難いものになりました。

参加した2010~2011年から、6年ほど経った今、音楽・振付&ダンス・映像・舞台やライブという、専門性が分かれていたメディアを、アーティストのアイディアをもってどう繋げるのかが、技術以上に問われる時代になりました。
また、作品発表の場も、生の舞台以外にとどまらず、SNSや映像配信サービスを通じた“複製できる舞台”の可能性が広がってきています。
また、その一方で、コピーできないライブ体験の価値が高まっています。

こうした時代の流れを見るにつれ、「踊2」のトライアルは、少し先の未来へ繋がりそうな作品や、アーティストの可能性を支援し、観客に提示するという、重要な成果を残していたと強く感じます。

現在の私は、デザインワークとして、グッズの制作などを行う傍ら、youtubeやlineliveでの配信を前提とした、映像と曲の作成を少しずつ行っています。
同時に、頭の中では常に、同じことをライブや舞台でやるにはどうしたらいいか、ということも平行して考えています。

同じ時代を生きる人々が、本当に見たいもの・体験したいこと、を常に問いながらの作品制作、常に「同時代性」を問いながら活動をしたいと思い続けている原点に、「踊2」での体験があると思っています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンス界と限定せずに、ダンスを起点にして、アーティストが世の中に対して何がしたいのか、を常に問うプログラム。
どのような人々に見てもらいたいか、ターゲットを設定すること、また、どのような企画であれば、ターゲットが価値を感じると考えているか、その点にフォーカスし、アーティストに問うた上で、一緒に考え、必要なサポートプログラムを提供することが、結果的に、業界の発展に寄与するように感じます。

作品制作以外に、アーティストが自ら、クラウドファウンディングでも集金することやブログやSNSで広報活動をすることなど、自らのプロデュースに対し、意識的に活動することに対しての、サポートプログラム。
結果が出るまでに、時間を要する活動なので、長期に渡ってサポートすることを考えると、作品単位でのサポートではなく、アーティストを選んでの長期的なマネジメント、サポートがあればいいのかなと思います。

 

目黑大路/舞踏家、振付家(鳥取)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
「踊りに行くぜ!!」に参加することにより、公演回数の重要さを認識した。作品の強度や出演者のパフォーマンスの向上は、数多く公演をすることによって得られることを、実感できた。「踊りに行くぜ!!」に参加してからは、公演回数や公演場所を増やすようにしている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
全国各地でつくられたコンテンポラリーダンス作品の中から、その年の良かった作品を一つ選び、選ばれた作品は、翌年、全国各地をツアーして回れるというプログラムを作ってほしい。選ばれる作品は、ショート作品ではなく、1時間前後のものが望ましい。
数多くの公演機会を得ることで、作り手は、演出や構成を練り直し、更に質の高い強度のある作品に仕上げることができる。出演者は、舞台に立つことでしか得られない様々な経験や技術を積むことができる。観客は、質の高い舞踊作品に触れることにより、良い作品を見る眼を養うことができる。作品に対する感想・意見・提案をしてくれる観客も増えるかもしれない。
観客と作り手双方にとって良い状況をつくり、さらにその状況を継続できる基盤を整えれば、昨今のコンテンポラリーダンス界の閉塞状況から抜け出せるのではないだろうか。

 

森田淑子/ダンサー(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
・ダンス作品を制作する上で、一人ひとりのメンバーの役割と、制作スケジュールを明確にすることを重視するようになり、制作がスムーズになりました。
・以前は、1人で作品をつくることが多かったのですが、複数でアイデアを共有することを学び、メンバーのアイデアを取り入れたり、自分からメンバーに対しアイデアを提案したりすることが増え、作品に広がりが出てくるようになったのかなと思います。
・「踊りに行くぜ!!」Ⅱで、テクニカルチームの方々とのやり取りを勉強させていただき、演出を決めていく際の選択肢が増えました。
・つくりたい作品のテーマを、時間をかけて掘り下げていくことで、制作期間中の根本的な迷いが少なくなりました。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・自由に作品を制作できる場所がなく、いつも困ります(場所があっても料金が高い、できる時間に空いていないなど)。あらためて「踊2」で、レジデンスの機会(途中経過発表も含め)をいただいたことは、大変貴重でした。また、普段の生活を離れないままでも稽古可能な場所のサポートがあることも重要だと思います。
・ダンスや演劇の経験がない人でも、興味をもってもらえるような作品をつくる人を育てること、なのでしょうか…。うまく書けないのですが、ダンス作品をつくりたい人と観たい人との、割合の不均衡が、おもしろいダンス作品の芽を育てる障害になっているように思います。また、コンテンポラリーダンス作品をこれからつくってみたい人や、ダンス作品を観てみたい人にとっても、何となく「難しい」「ハードルが高い」というイメージがある、だからとりかかり(とっかかり?)にくいのでは、と思います。
・この質問に答えるのは(私にとっては)本当に難しくて、「自分だったらどうするだろう?!」と様々なことを考えましたが、それを言い出したら元も子もないという堂々巡りになってしまい…(日本 vs 興行、生産性・経済性、アート vs エンタテインメントなど)
具体的なことが書けなくて大変申し訳ないです。

 

康本雅子/ダンサー、振付家

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
まず、作品を発表する場がほとんどなかった自分が、自分の住んでいる土地以外の人にも見てもらえる機会を得たという事はもの凄く貴重なことでした。
自分の事を全く知らない人にまっさらな状態で見てもらうという事は、お客さん層の比較的狭いダンス界において貴重な環境だったと思います。
今程はネットも普及していなかった(と思う)頃には、お客さんにとっても、出演者の前情報が何もないままに作品と出会えたのは刺激的だったんではないかと。
そしてそういう新鮮な出会いの場で作品を発表出来た事が、自分の土地に帰って来た時にも何かしら緊張感を保てていた気がするし、どこで踊ろうとも基本的にはそこにいるお客さんや空間との一期一会なんだという事を改めて感じさせてくれた場であり、そういった全ての経験がそれ以降作品を創るときの心構えに影響されていると思います。

それと再演を繰り返す事の意義を味わえたのも大きかった。毎回やって終わり、ではなく、アフタートークのお陰もあってその都度改善点を見つけて作り直したりしてまた公演できたという事が、作品作りにおいて非常に重要な経過なんだと学びました。解答がないものを考え続ける、疑って練り続ける基本姿勢みたいなものが、ここで培われたような気がします。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ここ最近は自分の作品を作っていないのとダンス公演をほとんど観に行っていないので、正直なところ今の日本、未来の日本のダンス界というものがリアルにイメージ出来ないのですが。。。
ただ、「成果が見えない」ということの中にもしも観客動員数の問題とかも含まれるのならば、今後は作品作りと同時に観客層の開拓に向けても働きかけることが必要なのかなと思います。
そこで従来のような作家ありきの作品とはちょっと違うアプローチで作ってみるのはどうかと。(それで観客は増えるかは???ですが)

ダンス作品というとどうしても作家個人の思想や身体性から生まれるものが多いと思うのですが、例えば外側の異物からダンスを見つけるようなやり方を試すとか。
ダンス×医療 ダンス×性風俗 ダンス×○○みたいに何か異業種とかけさせて、その異物からダンスをどう発見するか。決してそのテーマをダンス作品にするのではなく、一見ダンスと関係ない物事からダンスをどう見つけられるかっていう。そのためのリサーチとして現場に入ったり、制作途中にその業界の人達に見てもらって意見交換をしたりして、他者の影響を受けまくりながら個人の作家性を超えていくような。分りにくいかな、余計客が離れるかな、、、。
でも世の中のあらゆる現象からダンスを捉えられたら、もはやダンスに拘らなくてもいいのかもしれない。ダンスでもいいし、ダンスじゃなくてもいい。という訳で本末転倒な回答になってしまいましたか。

あとついでに。未来の日本のダンス界よりも未来の日本の子供らの事が気になっている身としては、コンテンポラリーダンスを教育の現場で使うのはとても有効だと思っています。
答えが既に決まっていて、そこに到着するまでの過程を教えているのが日本の教育のほとんどなので、自分の頭で考えて動くという自主性や独創性をつけるためにはコンテンポラリーダンスはぴったりだなと。
コンテンポラリーダンスの普及という観点からは、ずれるかと思いますが長い目で見たら、現子供たちのうちの誰かが未来のダンス界を担う可能性もあるでしょうし。。。
という訳で、教育現場にもっとコンテンポラリーダンスが関わる機会が単発じゃなく増えていくといいなと思っています。

 

山崎広太/振付・パフォーマー(N.Y.)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
特に2016年の「踊りに行くぜ!!」Ⅱに参加できたことによって、プロジェクトが2020年まで5年間にわたりシリーズとして継続されていることです。やはりレジデンシー含め、創作過程をサポートされることは願ってもないことです。そしてパブリシティのストレスもありません。日本での助成システムのなかで、もっとも貴重なプログラムだったと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンスは、限りない可能性を持っていると思います。それは公演だけではなく、もっとパブリックに浸透し、多くの人々を結びつけ、そして多くのことを考えることができることです。既に、東北でのプロジェクトや、コミュニティダンス他、多くのことを行われているとは思いますが。
アーティスト同士のコミュニティーに関してのプロジェクトもあると嬉しいです。違うアーティスト同士を結ぶプロジェクトや、トークの場を与えたりすること、また他のジャンルのアート、そしてアートに限らず、人々を連携するプロジェクトなど。
ダンス作品を創作、公演するというプロジェクトに関しては、「踊2」以上の素晴らしいプログラムを考えることはできません。ただ僕のほとんどのプロジェクトが海外のアーティストとのコラボレーションなので、海外のアーティストも巻き込むことができると嬉しいです。それとNYベースなので、JCDNとNYの劇場が連携して行われるプロジェクトも可能だと思います。

 

ゆみ・うみうまれ/パフォーマンスアーティスト・振付家(オーストラリア)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
海外在住が20年以上と長いので、今回の踊りに行くぜのBプロに参加させてもらったことで、今更ながら、日豪文化の混合された自分の存在を改めて見つめなおす節目のようになった気がする。20年以上ぶりに、日本の現場で日本の人たちと作品を作れたことはとても貴重な経験で、短期集中のため達成できなかったことはたくさんあったが、ある種の自信につながり、また、自分の作品作りの一つの方向性が見えたように感じる。また、今回は2人のアーティストによる舞台美術が、作品を方向づける鍵になったので、その後、自分のビジュアルアートに対する興味が更に増した。

アーティストの育成や交流を目指し、様々な要素を含んだ、「踊りに行くぜ!!」のようなフェスティバルは、素晴らしいモデルだと思うので、自分たちのコミュニティーにも紹介し、生かしていけたらと思う。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ヨーロッパではダンスシアター的なものがかなりあるし、自分自身もダンスに演劇的要素を入れるのが好きなので、日本のダンス界も演劇の人たちとコラボレーションしたり、Dramaturge(ドラマトゥルク)の人や、演出家や美術家など、違う分野のアーティストとのコラボレーションをサポートしても面白いと思う。

あとは、勝手に想像すると、その土地に根付いた踊りと合わせて、大衆一般の人たちの踊りや大人数の踊りなどが、町おこし的に開催されても面白いと思う。 踊りは、もともとは儀式のひとつであり、皆が集まるある種のカーニバルでもあったと思うので、コンテンポラリーダンスが陥りがちなコンセプトやフォームを超えて、もっと土着的な踊りの真髄的なものを探ってゆくプログラムがあっても面白いと思う。

。。。そうなると舞踏部門を作ってもらえればよいと思います。
第三弾は舞踏に行くぜ!GO!で。
そして、そうなると水野さん、佐東さんも自ら踊ってもらうしかないですね。是非!
よろしくお願いします。

 

吉福敦子/ダンサー・振付家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
自分のダンスが全く知られていない土地で踊ることはチャレンジでした。地域により反応が異なるのは興味深かったです。そして、劇場やオーガナイザーさんがそれぞれの場所に適した方法でダンスに向き合って行く様は、大いに学びとなりました。
JCDNのスタッフのみなさんの厳しくも暖かいアドバイスは、私にとっては、客観的な目で作品を見直す機会となり有り難かったです。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「『ダンスの低迷』を危惧する」と言われています。「面白いものを創る」そのことに尽きるのだと思いますが、それができているのか、と創る側にいる自分に問われている気がします。

つらつらとおもいついたことを、無責任にいくつか書きます。 創った作品を再演することが少なく、ブラッシュアップをする機会がありません。半年後、1年後の再演プログラムというのもありかもしれません。
「踊りに行くぜ!!」Ⅰは、数多くの作品が怒濤の様に全国を回りました。その中からいくつかの驚くようなダンスとの出会いもありました。15〜20分の小さな作品のショウケースからピックアップして、2年目はそれを大きな作品にリクリエーションをしていく、というようなプロセスもありでしょうか。

 

匿名希望/振付家

Q1「踊りに行くぜ!!」に参加して得たことは、ご自分の今の活動にどのように生かされていると思いますか。
長年、ニューヨークやアムステルダムなど国外を拠点にして公演活動をしてきたが、日本のダンサーと日本の観客を見据えて作品作りをしてみたいと思い2014年度の「踊りに行くぜ!!」に応募した。採択され日本国内のクリエーション発表そして国内巡業を経験する。日本とアメリカの助成金のシステムや公演発表にいたるまでのプロセス、プロデユーサーのあり方は大きく異なる。「踊りに行くぜ!!」に参加することで、日本のダンス界のシステム、舞台制作上のノウハウ、日本のネットワーク作りなど、実践を通しての学びが多く、プラクテイカルな意味でその後の自分の日本に拠点を移してからの創作活動に大いに生かされている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
わたしは新進作家と呼ぶには年も取っているし、創作歴が長く公演数も多い。長年拠点にしていたニューヨークではEstablished とか Mid-careerの枠に入れられていた。そういった海外から帰国し日本で公演活動を求めるアーテイストにとって、日本は創作環境が潤沢に整っているわけではない。「踊りに行くぜ !!」Ⅱは、そういったアーテイストをも受け入れる柔軟性を持ち、長年の功績もあり集客力があり、優秀なスタッフが揃っている。同時に、私個人の経験から言わせてもらうと、超短期間に質の高い作品を世に出すストレスは並大抵ではなかった。今まで制作期間は少なくとも1年、長いときは2年をかけて作品を世に出してきた。私が参加した「踊2」は、クリエーションを開始して3週間以内にテクニカルスタッフを交えてワークインプログレスのショウイングを要求されるなど、コマーシャルコリオグラファーにも匹敵するほどの即戦力と適応能力を要求される。経験を駆使して短期間の完成に臨んだが、経験を積んでいる振付家にとっても、「踊りに行くぜ!!」はかなりハードなプログラムと思う。また、「踊りに行くぜ!!」は、将来性が期待される若手アーティストによる創作活動を支援目的の一つとしている。しかし、プログラムが新人若手作家が対応できるようには用意されていないのではないだろうか。その後いくつかプログラムを拝見したが、新人作家の場合、なんとか作品を完成したとしても、かろうじて仕上げた感は否めないと思った。日本のコンテンポラリーダンス界は新人が世に出るためには、コンペの入賞がもっとも効率的と聞く。1等賞という勲章を持つことで、海外公演や助成金へのチケットを握ることができる。一方、現実的問題として、20分程度の作品で一等賞を獲得したとしても、その後すぐにフルイブニング公演を継続的に世に出していく能力をも持ち合わせていることは大変に稀である。短編小説家と長編小説家が、小説を完成させるまでアイデアの転換の仕方においてまったく異なる技量を要求されるのと同じで、10−15分のダンス作品が作れるからといって、フルイブニングの公演を構築できる振付家になれるまでの道のりは果てしなく遠い。新人としてデビューしてから、次の段階にいくまでに振付家には、遠回りをして彷徨いながら自分の方向性を見つけていく余白時間が必須である。振付家として生きることは地道な地を這うような歩みである。自分の作家としてのヴォイスを発見し世の流れを感知して変身を遂げながら、深く深く井戸を掘り下げ、クリエーションに奥行きをもたせ幅を広げることができるような作家を養成するプログラムやサポートが必要と思う。しかし、現実は新人作家は、デビューした数年後にはクリエイターとしてではなく、掛け持ちのダンスの非常勤講師や生活のためのバイトに時間と労力を奪われて創作や発表意欲をだんだんと失っていくことが多いのではないだろうか。ひとつの試みとして、「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)に次の項目を提案したい。1.作家に綿密なラボラトリー、リサーチ、トライアル期間を提供し、振付家同士のダイアローグを取り入れるなどして、孤立しがちな日本のコンテンポラリーダンサー、振付家の共同体作りに取り組む。2.選考審査員に劇場主催者ではなく、振付家を導入し、同時代で活躍する振付家がダイアローグを交せる場所を作る。3.将来の若手の養成に向けて、「踊りに行くぜ!!」の方向性、意向に同意する振付家とダンサーを別々に公募で募り、レジデンシーを通してお互いの作家が作品を見せ合いながら、切磋琢磨していくというプロセスを取り入れる。というものだ。今まで、「踊りに行くぜ!!」に応募するためには、そもそもカンパニーの体が整っていると仮定しての応募であったと思う。この創作環境が乏しい日本に、振付家、ダンサー、コラボレーター、テクニカル担当が整っているダンスカンパニーがいくつ存在するのであろう?そんなグループをたとえ即席で作ったとしても活動の継続はほぼ不可能である。アーテイストたちはダンサーが雇えない、スタジオが借りれない、公演場所がない、など行き場のないもどかしさを感じている。この現実を踏まえ、将来性が期待される若手アーティストによる創作活動の養成、実験精神にあふれる新作創作のためのリサーチのために、刺激的な創作環境を与える場所と時間を提供する、アーテイストの共同体を築き上げていくという橋掛りとして、次回の「踊3」に期待したい。

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②オーガナイザー

 

伊藤みや/からだとメディア研究室(仙台)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
「踊りに行くぜ!!」を毎年開催することで、仙台で或る一定の観客層がついたし、BプログラムやCプログラムで関わる人(出演者および新たな観客)の裾野が広がり、〈コンテンポラリーダンス〉の認知度が多少なりとも上がったようには感じた。しかし、自ら作品を創って公演する人の気配はまだ感じられないので、この地域で将来にどうつながるかは全く見当がつかない。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
正直なところ、私にはわからない。

 

岩﨑孔二/NPO法人プラッツ代表理事(豊岡市民プラザ指定管理者)(兵庫・豊岡)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
豊岡市民プラザは開設2年目にダン活第1期としてコンテンポラリーダンスと出会い、そのショックも冷めやらぬ内に「踊りに行くぜ!!」を2回開催させて頂きました。コンテンポラリーダンスは未体験ゾーンで強烈なインパクトを地域に与えました。既成の概念にとらわれないことの心細さを捨て去る気持ちよさを感じたのではないかと思います。以後その思いは様々な事業に生かされ、型にはまらずチャレンジする勇気と他を認め合う心が育って来たと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
公共ホールサイドとしては、アーティストとホールの繋ぎ手としてのJCDNの活動は不可欠だと思います。 アーティスト個人では出来ることに限界があると思われ、地方での公演や世に出ていない埋もれたアーティストのサポートなど、コンテンポラリーダンスに触れる機会を作って頂きたいと思います。

 

有限会社オフィスモガ / dagdag Matsuyama(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
●アーティストによっては、作品は創るけれども、それをインフォメーションしたり、多くの観客の前で踊れる企画を作れない方もいるので、「踊りに行くぜ!!」の舞台に立てる事が、自ずと活動域を広げるチャンスになったのは確かです。●「踊りに行くぜ!!」Ⅱ(セカンド) では、作品を深めていくという事が経験できる非常に貴重な企画だったと感じます。●もっとダンスを深めて行きたいと、地元にとどまらず、関西、関東、海外へと学びに出て行く人がでたこと。●ダンス関係者だけでなく、劇場関係者、舞台関係者、他団体、学校関係者との繫がりが持てた事。 ●純粋に、外で今つくられているダンスを見る事ができて、ダンスの多様性がみえて表現に幅ができたのではないかと思う。●いくつかの作品は、今でも忘れられぬ衝撃と刺激を残してくれている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
●劇場ごとのアーティスト募集。この劇場で作品をつくるという企画が面白いと思う。(施設の利用状況/テクニカルスタッフの課題はあるかと思うが) ●質の高いダンス作品の制作と同時に、気軽に作品を出せる場所も必要と感じる。●海外からのダンス作品をみる機会 ●エクスチェンジ作品(海外の振付家が日本のダンサーに振り付ける/日本の振付家が海外のダンサーに振り付ける) ●創った作品を巡回するプログラムの再開をのぞむ。 ●コミュニティダンスのエリアに踏み込んで、コミュニティダンスプログラムを企画していくのもいいのでは?と感じました。●強度のある作品の上演を、地元の人たちに紹介したい。

 

齋藤啓/元 鳥の劇場制作担当(鳥取)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
・劇場としてコンテンポラリーダンスの幅広い作品を観客に見せることが出来たこと。そのことが、「鳥の演劇祭」でのプログラミングにも良い影響を及ぼしている。
・「踊りに行くぜ!!」がベースとなって、コミュニティダンスの活動が地元に根付き、継続していること。
・劇団が運営する劇場にとって、自分たちの創作以外の作品を見せるノウハウが養われたこと。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・作品を作る段階でのサポートもさることながら、出来た作品をツアー出来る環境作り。また、各劇場やホールがダンス作品をプログラムするためのサポート。
・ダンスカンパニーを維持していくためのサポート。劇団もそうだが、日本ではひとりの主宰者のもとでカンパニーが終わるケースが多いように思う。創作におけるオリジナリティーも大事だが、技術の伝達のためにも、異なるディレクターのもとで継続していくカンパニーがもっとあってもいい。

 

斎藤ちず/NPO法人コンカリーニョ理事長(札幌)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
この17年の継続的な取り組みのおかげで、「コンテンポラリーダンスって、なにそれ?」の状態から、札幌舞台芸術界隈では一定の認知が得られ、活動者も増え、公的機関でのプログラムのきっかけにもなったと考えます。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
日本のダンス界自体が、今、どのような状況にあるのか…詳しくないので、何とも… セカンドで行っていたA、B、Cプログラムは、よい構成であったと思っていましたが。

 

スウェイン佳子/NPO法人コデックス代表理事(福岡)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
地域のダンスの普及と活性化。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
具体的なプログラムやサポートについては、何がいいのかは、よくわかりません。

 

杉山貴子/(公財)茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団 文化事業課

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
地域選出アーティスト、地域出演アーティストがその後も各自みずから研鑽を積み、現在振付家・ダンサー・後進の指導者等として活躍しており、若手アーティストがキャリアを重ねる上で、「踊りに行くぜ!!」出演が作品制作・上演の経験を積む機会となり、役立ったならば嬉しいです。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」で長時間かけじっくりクリエイション・上演した作品を、国内外の劇場、フェスティバル等に買い上げてもらえるような作品にさらに高め、営業的なことも行うサポート。
クリエイションして、全国何カ所かで上演して、東京ファイナルでおしまい(ごく限られた観客しか鑑賞していない)、では勿体ない!と思いますがいかがでしょうか。

 

鈴木美恵子/シアターねこ 代表(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
・地域間交流
・視野の拡大
・表現をすることの意味と自覚を促す作用
・地域での身体表現の可能性が見える
・ダンス人口の拡大と可能性

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・ダンスと他ジャンル(演劇、美術)とのコラボレーション作品をAIRで
・劇場法に基づくサポート

 

高橋正和/照明家 NPO法人コンカリーニョ理事(札幌)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
コンテンポラリーダンスとは既存のジャンルでは表せない無数の「自分のダンス」という一つと同じものはないジャンルの総称と言えるのだと思います。とらえどころのないそれらの表現を先駆的に札幌に持ち込んだ「踊りに行くぜ!!」はダンスを学んでいる人はもとより、ダンスを見る人間にも戸惑いや不安を与え、それは「ダンスとはこういうものである」という固定概念を壊すものであったからこそのインパクトでありました。毎年繰り返し行われる公演によって少しづつ浸透した「それぞれのダンス」は踊る者、見る者の「ダンス」というよりも「自己表現」に対する許容できる範囲を少しづつ拡大していったように思います。スタジオで教えられるバレエやモダン、ジャズダンスの枠を超えていくことに対する抵抗感をなくし、最初は否定的であったそれらスタジオの考え方さえも変えていくことが出来るようになりました。これらのことはとても哲学的?な言い方をすれば「ダンスが自由になる」ことを本当の意味で教え、許容できるように差し向けたといえるのだと思います。規則に縛られた中でのダンスから解放されたダンス。規則がない分だけ残酷なまでに個々が試されるダンス。ダンサーが、観客が、人間がどこまで自由になれるのかを試される表現は発表する者、受け取る者それぞれが人間としての器を試されているような気さえします。一人でも多くの人間が、少しでも自由を感じ、認め合うことができることは人間社会の熟成につながっていくのです。「踊りに行くぜ!!」は間違いなく「社会」や「世界」の未来へのアプローチの一つの方法であり、確実に、目には見えにくいけれども結果を生み出し続けているのだと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
日本及びに世界各地の古典芸能をその精神的な部分を含めて学び、消化させるようなことができたらいい。学んだことをフィードバックした表現を時間をかけて発表させるようなプログラムとか。身体的なことと同時に精神的な部分の間口をも広げてゆくことを目標に。

 

田中勉/スペースベン 主宰(八戸)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
●市民がこれまで触れる機会がなかったコンテンポラリーダンスに触れることにより、パフォーミングアーツに対して新たな視点からの見方が増え、楽しみ方の幅が広がった●中でも、市民と一緒に作り上げる作品においては、これまで芸術文化にほとんど参加することの無かった市民を巻き込むことが出来、誰しもが表現者であることを、携わった多くの人が認識できたことは、将来へ結びつき押し広げる成果として特筆すべきことと感じる●また、レジデンスをしながらの作品制作の様子を見聞きした市民も、新たな創作意欲をかき立てるものであったと思う

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
●小中高校での教育プログラムもしくは市民へのワークショップも交えながら開催できれば、より裾野の拡大につながるのではないか●ただし、ありがちな統一的な見解に導くような教育プログラムではなく、マイノリティな思考こそが大切なのだということが伝わるものを望む●一方で、アウトサイダーアートというか、静かにそして密かに素晴らしい作品を創っているアーティストを発掘するようなプログラムを期待する

 

千田優太/一般社団法人アーツグラウンド東北 代表理事(大船渡)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
私と「踊りに行くぜ!!」の出会いは、2003年の仙台公演である。まだ大学生だった私が出演することに決まり、ダンス作品を作る厳しさと肌で学ぶ素晴らしい機会だった。これを機に琵琶湖や東京などにもダンス観賞に遠出する機会も生まれた。また、2011年度の「踊りに行くぜ!!」Ⅱ(セカンド)では、Bプログラム(仙台地元作品)に出演することになり、さまざまな年代の方と出会うきっかけになった。
そして、2015年度は芸団協のフェローシップ制度によって研修の機会を得ることができ、札幌・仙台・東京・神戸・松山公演に制作スタッフとして参加させていただいた。各地さまざまな思いと熱い情熱があることや、巡回し再演を繰り返していく中で強度が増していく作品の変貌にも立ち会うことができた。
パフォーマーとしての視点でも、制作スタッフの視点でも両方に共通して実感していることは「より良い作品を届けたいという熱い思い」が込められている現場だということだ。学生時代に何となく作品をつくり、何となく発表していた「井の中の蛙」には、全く知ることができなかった「大海」のような現場である。私の将来に繋がるのかどうかは、今後の自分自身の働きによると思うので何とも言えないが、間違いなく言えることは井戸の中から引きずり出してくれたのが「踊りに行くぜ!!」だということだ。
良くも悪くもこの「大海」を実感してしまうことで、さらなる先に旅立つものもいれば、井戸の中に戻ってしまうもの、別の世界に行ってしまうものも少なくないかもしれない。コンテンポラリーダンスの/舞台芸術の世界で生きていくということを真剣に考えることができる数少ない企画だと感じている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
アーティストサポートという感覚であれば、これからダンサーあるいは振付家として日本で生きていくために必要な作品の規模や環境はどのようなものが適切なのかを吟味し、そういった作品が作りやすい企画が良いかもしれないです。作品を買ってもらえるのは、国なのか芸術祭なのか、劇場なのか、企業なのか、個人なのか。アーティストの自立への第一歩として。(『アートと社会』東京書籍の中にある「パトロネージの歴史-作品の大きさに見るアートと社会」渡部葉子より参考)
コンテンポラリーダンスは10年後、50年後のスタンダードを開拓していく先駆者のような要素もあると自分は思っているので、今は理解されない/されづらい作品・作家をフューチャーしたり、支えるプログラムというのも個人的には好きです。前段と相反すると思いますが。「ダンス作品の未来をつくるプログラム」という感じですね。
異ジャンルダンス格闘技みたいなものにも興味があります。「ストリートダンスVS郷土芸能」とか。それぞれの分野で継承されているものの先(未来)を生み出すきっかけ作りみたいな感覚です。バレエ→モダン→ポストモダン→コンテンポラリーだけでは無いはずで、フラや日舞などからのコンテンポラリーダンスもあるはず。

 

千葉里佳/からだとメディア研究室(仙台)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
・ それまで出会うことのなかった人たちがコミュニティダンスを通して、新たなコミュニティを形成できたこと。公演が終わった後も交流が続き、それぞれの舞台を観劇するなどの流れができた。
・レジデンスアーティストとして選出され、仙台で滞在制作を行なったダンサー(村本すみれさん)が公演終了の後も、この街と繋がりを持っていたい、と月いちワークショップを実施するようになったこと(2013年から2016年までの3年間)。それにより、コンテンポラリーダンスの基礎トレーニングや作品をつくるためのワークショップなどを定期的に実施することができた。また、集まったダンサー間で情報交換する場としても活用できた。
・「踊2」は3~4作品を一挙に上演するプログラム構成なので、観客はダンスの多様さを味わうことができ、年々楽しみにしてくれる方も増えた。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・正直、何があればよいのか よくわからないです。
・「踊2」では、 仙台からも巡回できる力のある作家が出て来てほしいと夢を描き、 制作サポートをしてきました。が、残念ながらそこまでには至りませんでした。自主公演を行うダンサーもほどんどいないのが仙台の現状です。いきなり公演で作品を上演する、というハードルを強いる以前に、作家がつくってみたいと思ったものを閉じることなくとことん試したりすることができる場があっても良いのかな、と思ったりしました。

 

徳永高志/NPO法人クオリティアンドコミュニケーションオブアーツ代表(松山)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
大きく分けて二つの成果があったと思う。
第一は、地方都市としてはコンテンポラリーダンスを志す人が多い松山において、全国にデビューする機会が与えられたことである。多くの若いダンサーは自らの指導者と周囲の人々以外にダンスの質を問われることなく、その範囲内で自分の技量を磨くしかなかった。選考会があることで、他のダンサーのダンスを観、また貴重な批評を得られ、たとえ選考に漏れても、自らのダンスの水準を知る機会を得て切磋琢磨する契機になったのである。全国にデビューするダンサーが確実に増え、それはその後を追うものの励みになったといえる。
第二に、ダンスを鑑賞する人、またマネジメントする人が増え、かつより幅広いダンスプロジェクトに関心を持ったことである。ダンスの鑑賞が大学や組織の内部にとどまっていたのが、「踊りに行くぜ!!」をきっかけに他地域、他組織のダンスを鑑賞する機会を得て、相互に鑑賞する人が増えた。また、ダンスに関わろうとする人も徐々に増えたと思う。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
やはり、二つある。
第一に、当たり前のことであるが、ダンスを鑑賞しダンスに触れる人が増える手立てを考えることである。普段ダンスを上演しない公共の場所や病院・福祉施設・学校などで公開のプロジェクトを各地で実施できないだろうか。選考会の実施も考えられる。また、コミュニティダンスに参加する窓口を増やすことも考えられるだろう。
第二に、地方で切磋琢磨しているダンサーに、全国にそして世界にデビューする機会を確保することである。「踊りに行くぜ!!」Ⅰが途絶えて以降、少なくとも松山においては大学卒業後もダンスを続ける人が減っていると思う。その要因の大きなものとして「踊りに行くぜ!!」選考会と公演がなくなったことがあると思う。機会を確保することで、地域のダンサーと鑑賞者の質が上がると考えている。「踊1」で先鞭をつけたプロジェクトは続けていくことに意味があるとも思う。

 

中島諒人/鳥の劇場芸術監督(鳥取)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
・創り手との関係が生まれた
当劇場が持っていなかった国内外のダンス作家との関係ができた。劇場のプログラムとして、あるいは鳥の演劇祭で作品を発表してもらうことができた。

・コミュニティーダンスの芽を膨らませた
コミュニティーダンスという概念自体、JCDNからもたらされた。振り付け家を派遣してもらい、「踊りに行くぜ!!」の中で発表することで、劇場として地域との新しい関係を作ることができた。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
一番の問題点は、面白いダンス作品が少ないこと。ダンサーとしての、あるいは振り付け家としての専門性が明確に確立されなければならない。が、実はこれはセカンドで目指されたことだと思う。まず意欲と才能のある作家の発掘のためには。やはりコンクールの開催だろうか。演劇の世界でも同様のものはあり、必ずしも成果を上げているとは言いづらいが、地域大会、全国大会みたいにやってもいいのではないか。合わせて、作品の作り方についての勉強会のようなものも開催することはできるかもしれない。

 

林曉甫/NPO法人インビジブル理事長、元NPO法人BEPPU PROJECT事務局長(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
「あれは面白かったね」という共通体験を街の人と築けたことで、その後様々なプロジェクトを立ち上げることができました。街を舞台にプロジェクトを企画する上で、金銭的な利害関係だけでなくその土地に暮らす/働く人々との信頼関係の構築は不可欠です。「踊りに行くぜ!!」が実現する一つ一つの活動は受け入れ側にとっても、街の人にとっても未知のものであり、その「まだ誰も見たことのないもの」を協働し実現したことが、結果として街の使い方の拡張につながりました。
また「踊りに行くぜ!!」に参加するダンサーにとっては、JCDNと共にロケハンや場所の成り立ちを共有した上で、屋外というシアターとは違う環境/制約の中でどのような表現をつくりだすという経験を提供できたと考えています。 街の使い方を拡張するという意味でも、ダンサーがシアターから離れた環境で表現行為を考えるという意味でも、「踊りに行くぜ!!」が生み出した成果は非常に大きいと考えています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンス鑑賞する機会を増やすことよりも、企業の社員研修で身体を使ったワークショップを行なうなど、日常の中にダンスが組み込まれる仕組みがあればいいように思います。

 

水戸雅彦/えずこホール(仙南芸術文化センター)館長(宮城仙南)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
コンテンポラリーダンスのヴァラエティ、可能性について紹介することが出来た。ダンスに限らず、すべてのアートは、進化と変化を続け、それは、試行錯誤と葛藤の中で展開されている。特に地方の劇場では、事業展開が評価の定まったものに偏りがちだが、古今東西、さまざまな文化芸術をバランスよく紹介していくことが重要だと考えている。その意味において、アートの一つの最先端のバライティを体験していただけたと考えている。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
地域の劇場においては、コンテンポラリーダンスの上演回数は少なく、公演を成立させるためには、同時に普及事業を展開していく必要がある。幅広い年齢層の方々に楽しく興味をもって参加していただける普及プログラムを展開する必要があると思う。また、アーティストに向けては、俯瞰した視点、外部からの視点によるアドバイザー、コーディネーターが必要と思う。そういった人たちが関わることで、表現を客体化し、作品がより洗練され普遍化していき、そのことによって、表現、作品の質が向上しファンの拡大にもつながっていくものと思う。

 

山口佳子/R40(あーるしじゅう)(岡山)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
*以下の回答は「踊りに行くぜ!!」岡山での開催時にはオーガナイザーとして参加させていただいていなかったので、出演者としてのかかわりでの回答です。
●一地域に(特に都市部に)集中したり(地方に)埋没することなく、日本各地で縦横に上演される機会があることはダンス作品には芸術性があり平等であり自由であるということの提示をした。
●出演者が各地を行きかうのと同時に観客もその地域で待っているだけではなく見たいものを開催地に見に行くことも選択枠に入いった。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
●震災以降地方各地にアーティストが移住し生活をしている。また、学生時代にダンスをしていた人たちは卒業後に地元に帰りそれまでのダンスの基盤のないところで生活をしている。地方で生活をしながら(1年ぐらいかけて)作品制作ができるようなプログラム・サポートがあればと思う。
●素人、ダンスを始めた人たちが積極的に自分たちで作った作品の試演会の機会の増加。(現在カンパニーなども少なくなっていて、若い人たちが作品制作について学んだり、いかして試すことができる機会が少ないように思える)
●野心となる目標の提案

 

山出淳也/BEPPU PROJECT 代表理事(別府)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
弊団体はコンテンポラリーダンスが上演できる施設を持っていないため、商店街や空き店舗など日常空間で「踊りに行くぜ!!」を実施しましたが、普段劇場に訪れない人も参加することになり、コンテンポラリーダンスの面白さに気づいていただくきっかけになり、それを踏まえて芸術祭が開催できたり、別府ならではの文化芸術振興につながったと思います。そのような場所で事業を企画できるJCDN及び「踊りに行くぜ!!」の懐の深さがあってこそだと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
何があれば良いかは具体的にわかりませんが、ダンスが社会に必要なものに変わっていくために、様々な可能性を模索してもらいたいです。そのためには「踊りに行くぜ!!」に限らず、身体表現や文化芸術に関する多様な企画の実践・検証が必要不可欠だと思い、そのためには何よりも継続が重要だと考えます。

 

吉田雄一郎/城崎国際アートセンター プログラム・ディレクター(兵庫豊岡)

Q1「踊りに行くぜ!!」をご自分の地域・劇場で開催したことで、将来に繋がるどのような成果がありましたか。
城崎国際アートセンターは、舞台芸術作品の創造拠点(アーティスト・イン・レジデンス)として、開館初年度の2014年から3年間にわたって、「踊りに行くぜ!!」参加アーティストによるプロジェクトの滞在制作を受け入れてきました。また、滞在制作の途中には、アーティストが地域の方々や関係者と創作過程を共有する公開プログラムも開催しています。その過程の中で、地域の多くの方々が、様々なダンス・アーティストの創作の現場に立ち会い、現在の日本のダンス・シーンの一端を垣間見ることが出来たと感じています。こういった地道な取り組みが、地方の都市において、将来的な新しい観客を見出す可能性を膨らませることに繋がると感じています。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・日本のアーティストと国外のアーティストとの交流や共同制作を促進するプログラム
・プロデューサーや制作者といった、アーティストや作品を支える人材を育成するプログラム
・観客層の拡大に主眼をおいたプログラム など

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③スポンサー・サポーター

 

大澤寅雄/株式会社ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室 主任研究員、 NPO法人アートNPOリンク 理事

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
私は「踊りに行くぜ!!」が日本のダンス界に与えた影響を、以下の4点に集約できると思います。
①日本国内のダンサー、劇場、アートNPOのみならず、アジアのダンサーやダンスオーガニゼーションとの連携や協働を可能とするネットワークを形成したこと。
②(ある種の権威が保証されているような)舞踊団や協会などの組織には属さない、独立した個人や任意の集団の才能を発掘し、優れた人材を育成したこと。
③あらゆる芸術分野の人材が東京一極に集中してきた状況に風穴を開けて、地方を拠点としながら国際的に活躍するダンサーや振付家を数多く輩出したこと。
④コンテンポラリーダンスのグローバルなシーンにおいて、我が国が、単に流通先や消費地としてではなく、創造・発信する国であることを世界に対して示したこと。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ダンサーや振付家の移動性(mobility)を、今まで以上に高めていくようなプログラムやサポートがあればよいと思います。上演とそのための創作という近視眼的な成果を求めるものだけでなく、リサーチや交流など、成果や波及効果が中長期で現れるようなプログラムやサポートを期待します。また、作品の再演や記録映像のアーカイブと上映など、特定のアーティスト、あるいはプロジェクトに参加する特定の地域の、時系列での変化や成長を、持続的、継続的に可視化するプログラムがあるとよいと思います。

 

加藤種男/クリエイティブ・ディレクター

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
コンテンポラリー・ダンスの定着に大きく寄与した。
それゆえに、一方で、コンテンポラリー・ダンスが陥っている課題をも浮き彫りにした。
本来舞踊は、たとえば信仰としての、働き作業としての、あるいは娯楽としての、何らかの目的をもっていた。それをすべて捨象して踊そのものを目的として、しかし自己完結せずに、観客に見せるというのがコンテンポラリー・ダンスの状況である。これは、現代音楽が陥っている陥穽と同じで、他者目的を排した自己目的の自己表現を、他者に共感せよと迫っていることになる。それでは、おそらく未来の展望を描けない。
そろそろコンテンポラリー・ダンスも社会との接点を改めて検討すべきで、その意味では、前回のJCDN総会で紹介された鈴木ユキオの仕事や、また舞鶴での砂連尾理の仕事が参考になるのではないか。コミュニティー・ダンスに遭遇したことも、この観点から評価できる。
さらに、一時期、音楽との接点を考慮して、ダンスと音楽を一緒に創作する動きがあったが、あれを復活されたい。総じていえば、もうそろそろ、独自の舞踊を発明すべきで、そのためにもコンテンポラリー・ダンスなどという用語は捨てるべきと考える。JCDNは舞踊連携でいいではないか。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
全国津々浦々で、ダンス熱が盛んなので、分野を問わず、すべてのダンス舞踊を連携総合した仕組みが必要である。アンサンブル・パレードのダンス版を作ることもその一歩かもしれない。生活と社会に根ざさないプログラムは、あまりいい果実をもたらさない。
ダンスの教育システムがもっと必要だが、それを急には実現が難しいので、それならば全国にある様々なダンス教室(と、ダンスグループ)のネットワーク化をはかり、その価値をもっと引き出すべきであろう。30くらいの多様なジャンルの教室のネットワークが実現すれば、それだけでもダンスの世界は見違えるほど変わるはず。これまでの成果は大きいので、その上に自分たちも枠を超えて、草の根ダンスの世界のネットワークを通した、さらに地に着いた活動を期待したい。「地域ダンス創造拠点ネットワーク事業」への支援策を、各セクターに提案すべきと考える。

 

清水永子/楽の会

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
全国にコンテンポラリーダンスという言葉さえ、ましては観たことがない2000年、普及を目的とした「踊りに行くぜ!!」をそれぞれの地域に出向き開催を始めた。
普段コンテンポラリーダンスを観たことのない地域の人々に届け、すそ野を広げ、また、コンテンポラリーダンスの様々な表現が多様な価値観を認めあうひとつになったと思う。アーティスト(表現者)にとっても、新しい観客は刺激的であり創作意欲も高くなったと思う。全国巡回公演がコンテンポラリーダンス界へ与えた影響ははかりしれない。様々な角度から成果は十分評価されてよいと思う。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
なかなか、難しい間題で、環境を整えてもサポートがあっても、究極はアーティストに帰ると思う。アーティストの生き方、表現せざるをえない切実さ、生きている社会に対しての問題意識などなど。
そのうえで、プログラム、サポートと思うが、これといった提案がなく申し訳ありません。

 

霜村和子

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
2000年以前は、知名度も低かったコンテンポラリーダンスというものの認知度・理解度をアップさせた。 地方において巡回公演、並びに現地創作することによって、観客の裾野を広げることは勿論、ダンス作品を創る・参加するという興味喚起を掘り起こすことに成功し、それがダンス界を循環的に活性化させるのに成功したと思う。特に、プロデューサーとして、単に興行を回すだけでなく、創造の現場に深く関わったことによって、アーティストの意識を高めることに多大なる貢献を果たしたと思える。ただ、このような質的効果というものは、測りやすいものではないかもしれないが…。芸術家と社会の橋渡し役としても、求められる仕事だと思う。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
作品創造に関するもの、具体的にどうすればいいのか、アイディアはわきません。

 

高橋大助/國學院大學文学部 教授

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
21世紀の初頭、身体芸術の新たなムーブメントを加速させ、全国にシェアした功績は大きい。福岡がダンスの生成の場としとなり、韓国を始め、ダンスによるアジアの交流の拠点となったことなど特筆すべきだろう。アーチストにとっても、地域性のある多様な観客の前で作品を披露することが重要であったはずだ。また、公共施設とアーチストを結びつけることで、彼らに新たな活躍の場を見出すきっかけを作ったことも見逃せない。(ただ、この点は、ダンスに新たな可能性をもたらした反面、アウトリーチに伴う問題を浮きぼりにしたかもしれない。)
地方での公演では、観客だった方が、翌年にはスタッフの1人として関わっているというのも目にしており、制作者の〈開拓〉にも一役買っていたように思う。
総じて初期の「踊りに行くぜ!!」は、ダンス作品を生み出すコンテンツとしてより、ダンス作品が集うプラットフォームとして機能して、そのこと自体が、ダンス界へのサポートとなっていたように思われる。時宜を得たサポートであったと考える

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
公演数が減ってきているとのことだが、一方で「踊りに行くぜ!!」が見出したダンスは、舞台芸術はもとよりこの国の文化の中で、ある位置づけを獲得してはいるだろう。作品制作だけでなく、公共や教育、研究へと広がり、それらの場所での「仕事」に関わる者がアーチスト・制作者だけでなく観客の中からも出てきているはずである。このような拡散の状態にあって、どのようなサポートが可能であり、また必要なのだろうか。三陸国際芸術祭やコミュニティダンス、学校でのダンス教育への関わりなども、その解答の1つだと思われる。すなわち、拡散に応じて、新たなダンスの領土へ向かうという方法である。これらの試みでも「踊りに行くぜ!!」の役割の重要な一部は担うことになるだろう。「踊りに行くぜ!!」の観客が経験した「本質的に新しいものとの出会い」という特別な時間は現出されうるからである。
一方、こうした試みではケアできない部分として残るのは、アーチストが作品に専念し、上演を通じて、観客を巻き込みながら、さらに作品を練り上げるという作品制作の在り方だろう。公共施設等で行われるレジデンシーと異なるのは、場所の移動によってもたらされる多様な視点による作品の再検討が期待される点であり、これは同時に新たな受容者の掘り起こしにもつながりもする。さらに言えば、アーチスト・イン・レジデンシーがいわば、ある一地域に寄与し、その地域との結びつきが求められる(はず)であるのに対して、「踊りに行くぜ!!」においては、地域と作品の対話の連鎖を期待することができるのではないか。もとよりそれを可能とするのは、伝統芸能のように完成された作品ではなく、さまざまな言説を誘発する強度を持った未完成な作品に違いない。前述したように、既に「ある位置づけ」を獲得したダンスの世界にそうした作品の萌芽を見出すのは難しいのかもしれないが、JCDNのこれまでの成果を踏まえれば、「位置づけ」が錯誤させる作品制作の手段・方法とは異なる視点を提供することが可能ではないか。観客としての経験しかない私には具体的な案を出す力はないのだが、今までの「踊りに行くぜ!!」をベースに考えてみると、中心となる新たな作品を1つに絞り、その作品との関係性(新たに選んだ作品の持つ意味を明確にするような)を考慮して既出作品を再演し、さらに地域で既に評価される作品を組み合わせるなどして、JCDNや委嘱された方の労力をできるだけ新たな作品に注ぐことができるようにする。代わり映えしないが、今日の状況を踏まえ、ダンスとその言説が集うプラットフォームとしての「踊りに行くぜ!!」という利点は失って欲しくないところなのである。

 

丸岡ひろみ/PARC 理事長

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
日本におけるコンテポラリーダンスの普及と定着を牽引した最大の事業だと思います。

 

吉本光宏/ニッセイ基礎研究所 研究理事(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
「踊りに行くぜ!!」が、日本におけるコンテンポラリーダンスの普及と振興に極めて大きな役割を果たしたことは間違いない。特に、東京や大阪などの大都市に限ることなく、地方都市の現地関係者や文化施設などとパートナーを組むことによって、新たなダンサーや振付家の発掘、地元だけではなく他地域での開催を含めた公演機会の提供、そのことを通じたコンテンポラリーダンスの観客育成にも大きな足跡を残したと思われる。

2005年にスタートした地域創造「現代ダンス活性化事業」をはじめ、公共ホール等におけるコンテンポラリーダンス関係の事業に与えた影響も小さくないと考えられる。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
一時期と比較してコンテンポラリーダンスが停滞していると言われる状況に加え、JCDNの設立や踊りに行くぜのスタートから15年以上が経過したことからも、これまでの実績や課題を振り返り、今後の方向性を再検討する意味は大きいと思われる。
本アンケート調査もその一環だと考えられるが、JCDNの設立前に何度となく行われた関係者による意見交換なども行う中から、次の方向性や具体的な事業の種を探していくしかないのではないか。
その前提として、上記に記載した「踊りに行くぜ!!」の実績やエピソードなどをわかりやすくまとめ、それを文化庁をはじめとした関係先にアピールすることも必要ではないでしょうか。

 

若林朋子/プロジェクト・コーディネーター、プランナー

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンス界へどのような影響を与えたと思いますか。
・各地で活動している個人/カンパニーをつなぎ、その存在を可視化した。それにより、コンテンポラリーダンス関係者のネットワークが生まれた。これはJCDNの団体としての実績でもあるが、「踊りに行くぜ!!」がもたらした影響・実績ともいえる。

・コンテンポラリーダンスというダンスジャンルの存在を、一般の人々や他分野のアート関係者、企業などに知らしめ、「舞踊やダンス」として想起されるものの幅を広げ、敷居を下げた。こうしたことは、日本の既存のダンス界や舞踊団体への刺激となったのではないだろうか。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
・プログラム内容も重要である一方、助成金頼みにならずに企画を実施したり、団体運営を継続したりする方策についてダンス界をあげて考える場を、「踊りに行くぜ!!」Ⅲ(サード)が率先して創ってほしい。これまでは、クリエーションと発表の場を提供してきたが、これからは、「考える場」としての機能もあわせ持つことを期待する。こうした場は初期設定段階から組み入れていかないと、創作や公演運営の多忙さに押されて後回しになってしまう。規模は小さくとも、毎年継続して、各地で声を拾っていくとよいと思う。

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④批評家

 

池野惠/舞踊批評(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
主として、地方自治体が所有する公共ホールでのダンス・プログラムの需要を開拓したことが挙げられる。公共ホールならではの滞在制作を導入したことも大きい。と同時に、コミュニケーション・ダンスという概念を広めてきたことも外せない。全国の公共ホールが指定管理制度に移行して以後、地域のアウトリーチ事業の一環として今日ますますその需要が高まっているように感じる。こうした観点から「踊りに行くぜ!!」は、アーティストと劇場を繋ぎつつ、ダンスの存在価値と多様性を探り、様々な状況に応じた可能性を示したと言えるだろう。
一方で、こうした一連の活動を通じて、全国のどの公共ホールが熱心に自主事業に取り組んでいるかを見極める目安の一つともなった。そうした中で、アーティストが個人からカンパニーへと活動が発展していくか、あるいは淘汰されていくかは当然のことながら起こりうる現象である。また手厚いサポートが必ずしもアーティストの成長の援けにならないこともあるだろう。結果として、優れたアーティストはどんな状況でも残っていくことが理解できた。近年はとくに量より質、より短期での成果が求められる傾向にあるのを実感する。また予算の削減は諸外国でも進んでいるのが現実である。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」Ⅰで、地方公共ホールと新進アーティストの掘り起こしを、Ⅱでアーティストのステップアップと海外交流を手掛けてきたので、Ⅲでは新たな取り組みとして、これまで以上の環境整備に着手すべきではないか。アーティストの意識啓発のための実践講座の実施(例えばカンパニーのマネージメント入門から実践等)、公演制作におけるインターン制度の導入、他団体(各劇場、交流基金、公文協、駐日外国文化施設、学校)との提携。アーティストの育成以上に、マネージメントの人材育成は急務である。優れたプロデューサーの輩出が、結果としてアーティストの一番のサポートになるはずである。スポンサーや広報の面では、とくに新たな繋がりと変化を求められている時期だと思う。

 

石井達朗/舞踊評論家、愛知県立芸術大学客員教授(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
師弟関係、男女差、世代差などから自由になり、個人の創造性だけが評価されるコンンテポラリーダンスは、長い日本の歴史のなかでも際立って新しいものである。日本の伝統芸能はもとより、クラシックバレエ、モダンダンスにおいても、それらのしがらみのなかで活動することを、舞踊家たちは多かれ少なかれ余儀なくされてきたからだ。しかし個人の創造性と個性が評価されるばかりに、コンテンポラリーダンサーは世間から見ると限られた領域のなかに埋没しがちなことも確かである。いつも見た顔の人々によって成り立つ小さな空間・・・。その意味でJCDNの「踊りに行くぜ!!」の最初の10年、そして「II」の7年——計17年が果たした役割は非常に大きい。小さなダンス作品を日本のあちこちの街に移動させることに始まり、地域を越えてダンサーや振付家を組み合わせ、作品制作の過程をより密にオーガナイズするようになっていたように感じる。小さな限定的な世界にダイナミズムが生まれ、新たな出会いの場が新鮮な創造への期待へとふくらんでいったのだ。そのことにより批評という行為も、作品至上主義ではなく、ネットワーク、制作、公的・私的な助成、パブリシティ、社会環境を含めたより大きな枠のなかでの視座を求められる。エンタメ全盛であり、商業主義が幅をきかし、内外の人気アーティストたちが高い入場料で消費されている日本の社会のなかで、個性とオリジナリティが何よりも大切にされるコンテンポラリーダンスの小さな空間を等閑視してはいけない。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
*お金があればいいというものではないが、まずしっかりとして持続的なアーティスト助成のシステムが必要である。これは世界の芸術先進国を見渡せば明らかだ。国がどのように芸術活動に対して向き合っているのか、この社会は新しい創造性をどのように考えるのか・・・などの、マクロの視点を舞台人がもち、現場の声をしかるべきところにもっと届けたい。
*国の政治はもちろんだが、地方自治体などの行政がより積極的にいろいろなかたちでコンテンポラリーダンスに関わること。例えば、ダンサーたちを小中学校にもっと派遣して、生徒たちとワークショップができるようなシステムを拡大し、定着させてゆきたい。
*言葉のないダンスは、演劇よりも海外のアーティストとコラボレーションをしやすい。よりたくさんの海外の人たちとの共同作業が生まれることを期待したい。
*日本のさまざまな地域でで、ふだんダンスの外側にいる人たちとへのパブリシティをどうのようにするのかという工夫も必要。
*コンテンポラリーダンスがいつまでも「若者文化」の枠に留まっていては、発展性がない。さまざまな世代、さまざまな身体をどんなふうにとりこんでゆき、それが表現にどんな息吹きをもたらすことができるのか。

 

亀田恵子/Arts&Theatre→Literacy主宰(アート・ダンス評論)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
ファーストシーズンにおける功績としては「コンテンポラリー?よくわからないけど、難しいんでしょ?」「何それ?知らないけど。」といった層(特に若い世代)に対して「踊りに行くぜ!」というポップなタイトルで興味を引く工夫と親しみやすさを提示したことは、その後のダンスファン獲得に大きな弾みをつけたと感じる。また、上演会場を一極集中にせず、観客にとって身近な生活圏内でダンス作品に触れる機会を提供したこと、全国にさまざまなダンサーがいることを知らしめたことなどは、それまでのダンス作品の上演に関する固定的な概念を変換するきっかけになったように感じる(地方でもダンス公演は可能という希望のようなもの)。また、各上演会場での作品選択はバリエーションの多彩さだけでなく、抽象度の高いもの、笑いの要素を持たせたもの、海外アーティストの作品を織り交ぜるなど観客の成熟度や多様な感性に対応する工夫も見られた。
→ダンス作品にふれる機会を身近な生活シーンの中で創出し、新たな観客を生み出した。

セカンドシーズンにおける功績は参加アーティストの育成である。創作環境を提供するだけでなく、アーティストは提供された側がきちんと責任を果たすというプロセスを実地で経験していたように思う。コンテンポラリーダンスは自由な表現が魅力ではあるが、つくり手のエゴが強調される作品が横行すれば残念ながら社会性という点での信頼を獲得することは難しい。つくり手の創作発露は自由であるべきだが、なぜその作品が生まれようとしているのか、生まれ出た結果の社会的インパクトはどのようなものになり得るかなど、作品の必然性について時に向き合うことも必要である。ここが成熟していくことでコンテンポラリーダンスは更なる深みを獲得していくだろうと予想できる。セカンドシーズンは正にこうした部分に大きく貢献したと言えるのである。
→ダンサーに創作環境を提供しながら、社会性について向き合う機会を創出した。

→→とはいえ、まだまだ道半ばの取り組みであり、今後の継続が真の成果を得るためには必要不可欠である。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
日本国内だけではダンスの可能性(観客が得るもの、ダンサーが手に入れられるものの両方において)は実感しづらいように思う。日本にとってやや近い環境で、ダンスをを取り入れている国の事例などを紹介したり、交換留学のようなことが有効に思う。ただし、ダンスに限らず国内に視点が向いている傾向が強い時期のように感じられるので、単に海外の有効事例としての紹介では支援を得づらいことが懸念される。日本で期待されるダンサーを海外で活躍させてから逆輸入するような流れは有効かも知れない。

 

小林昌廣/情報科学芸術大学院教授・身体表現研究 (岐阜)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
かつて正宗白鳥は歌舞伎劇に対して「痴呆性の芸術」という軽妙な形容をしたことがあります。JCDNは、そのひそみに倣えば「地方性の芸術」ということに尽きるでしょう。(ストリートダンスや創作ダンスを除いて)ダンスそのものに対する関心がなかなか高まらないのは、ダンス公演のほとんどが東京中心、ときどき大阪という場所に限定されているからです。ストリートダンスや創作ダンスがなぜ「一定の評価」を得たかと言えば、それはマスメディアを通じ、全国津々浦々まで「踊れる身体」が潜在的に存在していたことが一気に開花したからでしょう。「踊りに行くぜ!!」は地方をめざしました。まさに「ダンスの出前」のごとくに、あちこちの劇場にダンサーを配達し、ご当地で披露し、ダンサー自身もアップロードされて戻ってくるという形態を続けることができました。当然のことですが、地方にもダンサーが存在し、そして何よりもダンスを楽しみにしている観客がいることを明らかにしたのです(この時点で、これほどの「成果」はないと思うのですが、文化庁は数字による「エビデンス」を期待しているのでしょう…)。ダンサーがいて、観客がいれば、次は批評家の登場する番であり、おそらくは「踊りに行くぜ!!」の行く先々で、新たな批評家が生まれる素地を築いたことも大きな「成果」のひとつであると思います。前述しましたように、ダンス、とくにコンテンポラリーダンスは(ダンサー自身の出身地が全国に広がっているのに)中央集権的な上演形態しかとってこなかったのではないかと思います。それを地方に分散させたことがJCDNがわが国のダンス環境に多大なる影響を及ぼしたと考えます。じつは、古典芸能の世界において「地方への出張」は戦後直後から行なわれており、テレビやネットによるマスメディアが普通になったいまであっても、大阪と東京にしか定席の寄席のない地域には噺家が出かけて公演をしていますし、松竹は巡業歌舞伎と称して東廻り・西廻り・中央の三つのコースをローテンションして興行しています。また能や狂言なども、彼ら能楽師にとっては地方公演こそが「修行の場」であり「自身の流儀を広げる場」でもあるわけです。もちろん、コンテンポラリーダンスを古典芸能と同断に論じることはできませんが、演じ手=ダンサー自身のモチベーションというレベルで捉えれば、似たようなことが指摘できると考えられます。「踊りに行くぜ!!」は、ダンサーたちに、踊れる場はどこにでもあるということを示唆し、観客たちには、自分たちの住む場所にダンサーがやってくるということを期待させる、そのような環境を形成することに成功した、ということができます。それこそが「地方性の芸術」なのです。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?

Q1ですでに触れていますが、ダンスの「地方性」をより成熟させるためには、ダンス公演のみならず、ダンスのワークショップやレクチャー、制作者側のマネージメント・プロデュース関連のワークショップやレクチャー、さらには「ダンスの目利き講座」のような批評家養成プログラムなどを全国展開できればいいと考えます。残念ながら、というべきか、当然ながら、というべきか、ダンスが、ダンサーの一個の肉体のみによる表現である、という時代は終わったと言わざるを得ません。小学生の創作ダンスでも、衣装や照明や撮影がダンスそのものよりも重視されるような時代です。その意味では、ダンスの振付がどのようにおこなわれ本番を迎えるのか、ということに加えて、ダンス公演がどのように企画・運営され、制作されて本番となるのかといった一連の経緯がすべて「ダンスすること」につながっているわけです。「踊りに行くぜ」のみならず「ダンスが行くぜ」という含意をもたせるような今後の企画を期待しています。

 

竹田真理/ダンス批評(神戸)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
全国各地にダンス制作の担い手を発掘しネットワーク化を推し進めた環境面での功績は言うまでもないですが、表現のうえでも、非主流、非伝統、非権威としてのコンテンポラリーダンスの可能性を開拓してきたプロジェクトの意味は非常に大きいと考えます。
人は誰でも踊ることができ、踊りはどこにでも生まれる。このダンスにおける民主的な考え方こそ本プロジェクトが残した最大のメッセージであるように思います。アメリカでポストモダンダンスが果たした役割の少なくとも一部を、日本では時代を下って「踊りに行くぜ!!」が果たしたと言っていいのかもしれません。ある時期からコンテンポラリーダンスの失速が言われ、それにともなう舞踊史への反省的な関心や、それまで「外部」であった舞踊文化全般へのあらたな眼差しが生まれたのも、すべてこの民主的で非歴史的なダンスの視座から思考され方向付けられたものです。ダンスの歴史や舞踊文化を所与のものとして受け継ぐのではなく、一度切断された場所から批判的に捉え直すこと、表現の根拠を系譜ではなく同時代性の中に見出そうとすること、ダンスを優劣で語らないことなど、「踊りに行くぜ!!」が示した姿勢はこのまま批評の基軸になっていると思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
「踊りに行くぜ!!」Ⅱ(セカンド)の初期は若手に創造の機会を与える意味合いが強く出ていましたが、変化を感じたのはVol.4において、黒沢美香さん、余越保子さんという実力・経験を備えたアーティストが参加し、素人、あるいは若手の踊り手とクロスした座を組んだ時です。それ以降も、キャリアのある振付家が普段の自身のカンパニーとは違う顔ぶれで創作にあたるなど、「踊2」でなければ実現はなかっただろう座組により、相互のクリエイティビティが引き出された例がいくつも見られました。さらに、一つの公演に若手とベテラン、海外に拠点を置く人と地域拠点の人、国内の異なる地域どうしなど、プロジェクトそのものが交差点となり、通常では起こらない出会いや交流を創出している点も見逃せないことです。山崎広太さんと国内ダンス留学卒業生が同時にプログラムされるなど、他ではあまり起こり得ないことです。劇場が減り、企画が減り、アーティスト個々のレベルの奮闘にも限界が見られる今日、この出会いと交流の機会は貴重であり、ある意味でのフェスティバルと言えるでしょう。
劇場の閉鎖が相次いでいますが、より危機を感じるのは、ダンスが中心を失いつつあることです。トヨタ・コレオグラフィーアワードも終了した今、議論の中心、批評の中心、作る人、踊る人、見る人が関心を寄せ合う場として「踊りに行くぜ!!」が機能する可能性に期待したいと思います。国際級の舞台芸術フェスティバルが日本でも定着してきましたが、国内のローカル・ベースで活動するダンサー・振付家による、ダンスを主軸にしたフェスティバルとしてプロジェクトを位置づけ、日本のダンスを内側から充実させていくことを期待します。
Vol.7で各作品の批評をネット上に公開したのはとてもよかったと思います。色々な人が色々な立場から発言し公にする批評のセッションとも言え、黒沢美香さんの『Lonely woman』の批評版のような気がしました。批評、トーク、ドキュメントなど様々な側面からダンスを語る場として「踊りに行くぜ!!」Ⅲ(サード)が育っていくといいと思います。批評家も尽力します。

 

乗越たかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家(東京)

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
大都市に集中しがちだった黎明期の日本のダンスを(体制や予算面からも、そうならざるを得なかった)、半ば強制的に日本の各地をつなぎ、地域のアーティストに活躍の場を与え、観客に出会わせた功績は絶大である。コンテンポラリー・ダンスと呼ばれているものを実際に目にしたのが「踊りに行くぜ!!」が最初だった、という人は大勢いるだろう。また共に旅をしたダンサー同士の出会いが、その後の活動に大きく影響したという話は、枚挙にいとまがない。
日本のコンテンポラリー・ダンスは、その成り立ちから劇場の人達が孤軍奮闘してアーティストを発掘・育成してきたため、フェスにしても委嘱にしても全ては劇場単位で進められてきた。そんななかで、プロジェクト主導で日本各地の劇場とつながっていった「踊りに行くぜ!!」は、それまで日本にない形でのダンスのあり方を提案してきた。 批評からしても、およそ自力では見つけられなかったであろう日本各地に埋もれかけていた才能にアクセスできる、貴重な機会であった。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
これだけ歴史を重ねてくれば、良くも悪くも「踊りに行くぜ!!」的な作品という見られ方をしてしまうことは避けられないが、そうした面の打破。「いわゆるコンテンポラリー・ダンス」のみならず、ストリートダンスやコンテンポラリー・サーカスなど新しい周縁の才能を取りこむ原動力であってほしい。
ヨーロッパのエアロウェーブのように、地方に埋もれている、真に爆発力のある若い才能をいかに見出していくか。 またアジア、特に東南アジアの新しい才能とのジョイント。伝統舞踊ではなく、いま東南アジア諸都市に生きているリアルと接続できる場であること。
評論とダンスがともに磨きあえる場であること。

 

武藤大祐/ダンス批評家

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
コンテンポラリーダンスを大都市だけのものではない、間口の広い文化として定義し、日本各地に普及させ、また作り手、踊り手、制作者、会場等のネットワークを築いた。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
ここ十年ほどで日本の社会におけるダンスの位置はかなり変化した。ダンス必修化、ストリートダンスや盆踊りのブーム、ネット動画での「踊ってみた」など、以前は考えられなかったほどダンスは注目され、人気もある。しかしその一方で、コンテンポラリーダンスは目に見えて衰退した。つまり「踊る」ことは一般化したが、「作る」ことには関心が薄いというのが現状ではないか。またコンテンポラリーダンスが蓄積してきた様々な問い、手法、技術、理論も、他ジャンルの「振付家」たちにはほとんど知られていない。つまりコンテンポラリーダンスは世間一般のダンスから隔絶しており、影響ももたらさなかった。こうした状況をふまえ、ダンスを「作る」ということを再考する必要がある。 具体的には、コンテンポラリーダンスの作り手と、他の様々なジャンルのダンスの文脈が交流し、それを通してそれぞれのジャンルにおける創作が刺激され、またコンテンポラリーダンスの作り手がこれまでよりも柔軟に、かつ広い視野でダンスについて学べるような、そうした枠組があったらよいように思う。

 

森山直人/演劇批評家、京都造形芸術大学教員

Q1「踊りに行くぜ!!」は日本のダンスの環境にどのような影響力をおよぼしたとお考えでしょうか?また、「踊りに行くぜ!!」がダンス批評の視点において成果をもたらしたことがあればお書きください。
「踊りに行くぜ!!」は、1990年代後半から現在までを通じて、ひとつの時代を作り、担ってきたという印象を持っています。芸術的にいえば、80年代半ば以後のヌーヴェル・ダンスやフォーサイス、バウシュ、勅使川原三郎らの活躍に端を発した日本の文脈における「コンテンポラリー・ダンス」の黎明期・隆盛期が上記の時代であり、同時にこの時期は、社会環境的には日本における公共劇場建設ラッシュとも重なっていました。「コンテンポラリー・ダンス」は多くの人々に、新しい時代の表現として映ったわけですが、まさにそういうタイミングで、創り手と受け手を繋ぐ役割を担ったことは重要な歴史的役割だったと思いますし、同時にまた、悪く言えば次第に拡散していく「コンテンポラリー」の芸術的実質を引き上げるために、ベテラン世代と若手、異なるジャンル間の創造的な交流を積極的にプロデュースしていった点も(これはこの企画単体、というよりJCDN及び水野さんの全体的な活動を通して、というべきかもしれませんが)重要な業績だったと思います。

Q2 現在「踊りに行くぜ !!」Ⅲ(サード)を検討していますが、今の日本、未来の日本のダンス界において、どのようなプログラムやサポートが、あればよいと思いますか?
特にこの10年程で顕著になってきたのは、「ダンス」という一般的な用語の焦点が、ヒップホップのような商業的なジャンルへと急速に移行が進んでいるということだと思います。そうした社会的趨勢は、ある意味では嘆かわしい現実かもしれませんが、別の意味では、舞踏以来の伝統を持つ日本の「コンテンポラリー」の価値そのものが試されている、といってよいように思います。(これはあくまでもひとつの比喩ですが)大野一雄やピナ・バウシュの没後、私たちはもはや彼/女らの存在に直接触れることができないまま、もはや映像でしかそうした舞踊家たちに接することができないことを前提とした上で、その「価値」を発信していかなければならないわけですが、そのためには、自己および社会に対する強靭で柔軟な「批評」的視線が不可欠なのだと思います(もちろんこのことは私自身の問題でもあります)。かつて舞踏の第一世代が、既存のバレエやモダンダンスを徹底的に受容した上で、それを転覆していったように、特に若い世代にとっての「既存」が何であるのかに注意を集中し、いかにその逆手をとって芸術の価値を示し得るか、という視点も、これからは重要になってくるのではないかと思います。

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